今夜、きみの声が聴こえる

出 版 社: スターツ出版

著     者: いぬじゅん

発 行 年: 2018年06月

今夜、きみの声が聴こえる  紹介と感想>

この物語は「まんなかまなか」というあだなで呼ばれている高校生女子が主人公です。茉奈果(まなか)は、身長も体重も、なにをやっても平均点で、際立ったところがありません。中学生の時「まんなかまなか」とからかわれて以来、そのことは彼女にとってコンプレックスになっていて、自分に自信が持てないままでいます。さて、これは統計の初歩的な知識ですが、平均点は必ずしも真ん中の成績ではありません。真ん中を示すのは平均値ではなく中央値です。母数の散らばり具合によっては、平均値が真ん中になることもあるかも知れませんが、平均値の人なんて存在しないケースもあります。例えば、0点と100点をとった二人の平均点は50点ということですが、その点をとった人はいないわけです。とはいえ、これは平均なんて指標として意味がないのだ、というお話ではありません。平均より良かったとか悪かったとか、そんな指標に踊らされてしまうのが人間らしさだからです。人生に凹まされ続けると平均だったら良いのではないかとも思うものですが、人よりなにかしら秀でたものが欲しいと考えてしまうのが思春期かも知れません。さて、そんな平均点の平凡な主人公が、非凡な体験をすることになるのが、この物語です。彼女の行動力は平均以上だと思いますが、まあ、そんなことは人と比べるものじゃないというのが、真理かも知れません。 

同じ高校に通う幼なじみの公志が事故で突然、亡くなってしまったことに、茉奈果は衝撃を受けます。ずっと親しい友人であったために、公志に好意を抱いていることをかえって口に出せなかったことも茉奈果は後悔します。失意に沈む茉奈果に訪れた転機は、祖母の千恵子の家を片付けていた際に譲り受けた古いラジオから声が聞こえ始めたことでした。それが公志の声であることに茉奈果は驚かされます。ディスクジョッキーを目指していた公志は学校の校内放送でも活躍していました。密かにその放送に耳を傾けていた茉奈果。まさか、死んでなお、ラジオから公志が語りかけてくるとは。やがて、声だけではなく、その姿も茉奈果には視え、対話できるようになります。心残りがあるために、成仏できないという公志ですが、それが何なのかはハッキリとは分かりません。ラジオからは更に他の人たちの声も聞こえてきます。それは、苦しみや悲しみに打ちひしがれている子どもたちの声です。茉奈果はそれぞれの子どもたちを探し当て、その心に寄り添おうとします。やがて、茉奈果がラジオを通じて知り合った子どもたちは、それぞれ公志とつながりがあることがわかります。不思議なラジオを通じて、公志が生きている間に気づくことができなかった互いの想いを、二人は交感していくことになります。

ラジオのチューナーを合わせて電波を拾う、という行為を、現代(2024年)の子ども世代はしたことがないのではないかという気がしています。自動サーチでプリセットされているか、あるいは、そもそもラジオなんて聞かないのか(この作品はFMラジオとのコラボ企画だそうなので、やはり若いラジオのファン層もいるとは思うのですが)。電話は圏外の場所なのに、なぜラジオは聞こえるのか、という疑問を子ども持つ作品がありました(『ケンガイに?』)。この理屈を自分は説明できないので、なんとも言えないのですが、科学的なことは置いておいて、どこのものとも分からない野良の電波を拾う感覚に、どこかサムシングがあったよなと、今にして思うところです。波長がギリギリ合ったラジオから偶然聞こえてきたものに運命的な出会いを感じとってしまったり、などというのは往年のラジオロマンです(短波放送なんて未知の領域でちょっと憧れていました)。ということで、誰のものとも分からない声がラジオから聞こえてくるという状況や、その声の正体を追っていく、なんて感覚は、どこかワクワクするものがありますが、これも中高年感覚なのか。ラジオが自分の悪口を言っている、という現象について取り沙汰されることがありましたが、記録に残らない一過的なものゆえに成立した妄想なのでしょうね。配信もSNSの書き込みもがっちり履歴が残るものであり、そういった意味で泡沫のように消えていくラジオの声のにはさに感じ入ってしまうものがあります。全編を通じて、平均的で等身大の主人公だということを考えれば、まんなかまなかの行動力はたいしたものです。今は表には出てはいないけれど潜在的な力があるという希望を自分自身に灯したいものですね。