出 版 社: 鈴木出版 著 者: マーティン・リーヴィット 翻 訳 者: 神戸万知 発 行 年: 2006年04月 |
< ひとりぼっちのスーパーヒーロー 紹介と感想>
ヘックのママは社会福祉局の監視リストに入れられている要注意人物です。どうしてそんなふうにマークされているのかといえば、心の病気のために、時折、十三歳のヘックの面倒をまったく見られない状態に陥ってしまうからです。ちょっとしたきっかけでママは、うつ状態に入ってしまい、何もできなくなる。ママのメンタルは繊細で、学校から少し注意を受けただけでも、一週間、ボーッとしたまま食事をするのもやっとの状態になってしまうのです。今度もまた家賃滞納からアパートの大家さんに退去勧告を受けたショックで、ママはヘックを残して行方不明になってしまいました。ヘックがいなければ書類も作れず、キャッシュカードさえ扱えないママ。まずはママを探し出さないとならない。我慢できない歯痛を抱えながら、ヘックは一人、ママの行方を追います。ウェイトレスとして勤めていたはずの店はクビになっていて、親族の家にも、付き合っていた男のところにもいない。ヘックはアパートを締め出されて、食べるものも泊まるところもないけれど、自分のことよりもママの安否を気にかけています。もし、この状態が人に知られてしまったら、ママと離ればなれにされてしまう。誰にも打ち明けられないまま、ヘックは孤独な闘いを続けます。ママのスーパーヒーローであるヘックは、いち早くママを見つけて「だいじょうぶだから、安心して」と言わなければならないのです。自分がいない方がヘックにとって良いだなんて、ママに絶対、思わせないために・・・。
悲壮な物語です。それなのに飄々とユーモラスにストーリーが語られていきます。ヘックは自分をスーパーヒーローに見立てて、この難局を乗り越えようとしています。ママは時間を超えた次元である「ハイパータイム」に入ってしまったのだから、そこから救い出すのが、ヒーローたるヘックの使命なのです。ヒーローとして善行を施さなければならないヘックは、時に、せっかく手に入れたお金を手放すこともあれば、お節介だと迷惑がられることや、親切にした変な子どもにつきまとわれることもあります。半ば、強迫神経症のような状態で、余計なことばかりをしているヘック。それでもこうしていないと、ヘックはこの過酷な現実世界とのバランスが保てないのです。母親は行方不明のまま、家にも帰れず、学校にいくこともできない。この状況の最善の解決策は、大人に相談することです。ヘックは何度もこの窮状を打ち明けたい思いにかられながら、踏み止まっていました。シングルマザーで、心がこわれているママがヘックを育てていくことは難しいと、この社会では判断されてしまうからです。ママはヘックにとって、愛すべき最高の母親であり、一緒にいたいのです。ヘックのママを守ろうとする純粋で一途な想いに貫かれた物語です。彼の孤独な闘いを是非、見守って欲しいと思います。
物語の終盤、思いがけない死にヘックは直面することになります。自分が本当はヒーローではないことなんてわかりきっていて、無力さにも打ちひしがれます。希望をどこに見つけ出したら良いのか。途方に暮れてしまうような物語ですが、それでもヘックは絶望することなく、未来に向かって進んでいく、そんな手応えを得られる読後感があります。純粋で傷つきやすく、すぐにこわれてしまうものが、この世界にはあります。常軌を少しでも離れてしまうと、この社会には受け入れてもらえなくなるけれど、ぎりぎりのところで優しく輝いている淡い光もあるのです。それを慈しみ、守っていくこと。本当はスーパーヒーローなんかじゃない十三歳には重い課題です。いえ、大人にだって、一人では抱えられない難題のはずです。ありていな言い方ですが、支え合うしかないし、人から力を借りることが必要です。本当に守りたいものがあるなら、もっと賢明に行動しなくては、なんて正論は蹴飛ばしておいて、少年の純粋なパッションといじらしさを愛おしむことのできる、この物語のパワーに圧倒されて欲しいと思います。物語に求めるのは、理屈や正論じゃなくて、「愛」なんだから。溢れすぎる愛を存分に味わって欲しい、そんな物語です。