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出 版 社: 福音館書店 著 者: 藤田のぼる 発 行 年: 2013年04月 |
< みんなの家出 紹介と感想>
家出をすすめることは、時代の変遷によって、より「コンプラ的に無理」になっていきます。とくに2010年代ともなると、各都道府県の青少年条例で完全に禁止されたものとなり、大の大人が、ましてや児童文学がそんなことを勧めるわけにはいかなくなったのです。それでも家出には、すすめるべきサムシングがあるのです。まあ、かつて寺山修司がすすめた家出も、あくまでも「心の家出」であったので、重要なのは実践ではなく、スピリットであること自体は変わらないかもしれません。これが「心の万引」だと単なる犯罪シミュレーションですが、家出が持つサムシングは、親や社会への反抗だけでなく、現状を打破し、独立への気勢を現したものではないかと思います。とはいえ、家出の物語はなりをひそめ、2010年代以降は、行為は行わずに(あるいはなんらかのエクスキューズありきの家出で)、そのスピリットだけを語る、メタ家出物語が主流となります。本書もそうした物語のひとつです。ちゃんと親にことわってから出かける「子どもだけの旅」もまた、家出に代わるものとして、物語の題材となっていますが、求められるエッセンスやスピリットは一緒でしょう。本書は、実際に出かけることもなく、主人公が読む物語の中の「家出未満」の登場人物たちの行動について考えるだけ、という、より消費電力の少ない効率的な物語です。『貸し出し禁止の本を救え!』の中で教育委員会によって『クローディアの秘密』が禁書にされてしまいますが、『クローディアの秘密』のような胸踊るコンプラ違反は、本書で主人公が読む本にはないのです。主人公は、本を読んで胸踊るどころか、モヤっとします。その気持ちを作者に質問したことで、物語は核心に迫っていきます。どう焦点が結ばれていくかがポイントですが、読者にピント調節が担わされているあたりも読みどころです。
小学四年生の芙美(フミ)が図書館で手にとったのは、熊田文子という作家の書いた『どっちが家出?』という本でした。夏休みの課題の感想文を書くためにこの本をフミは借りることにします。二部に分かれた物語は、二人の女の子のそれぞれの家出の物語です。一部の主人公、五年生の水上かおりは、通っている塾のことで母親と言い争いになり、ちょっとした遠出を試みますが、結局はその日のうちに家に帰ります。二部の主人公の五年生の野村ゆりかの物語は、家族になんとなく不満を持っている、ゆりかが、実際に家出をするわけでもなく、将来の独立をひそかに目論むというだけのお話です。いわゆる家出とも言えない家出の物語に面くらいながら、フミは作者に質問の手紙を送ることにします。フミはどちらが本物の家出なのかわからず、作者はどう思っているのか聞いてみたかったのです。実際、作者の文子も答えを決めかねていました。自分の子どもの頃の家出願望を、それぞれの主人公に託したのだろうかと文子は自問しながら、読んでくれる人によって、どっちが家出なのか、答えは違うと文子は返信を送ります。しかしながら、そう手紙を送ったものの文子の煩悶は続きます。自分が書きたかったことはなんだったのか。自分の現在に鑑み、子ども時代を回想しながら、大人であっても、心の中で家出をしたい気持ちを抱くことや脱皮をしたいと思うことを、文子は胸に刻んでいくのです。
フミの物語のようでありながら、文子の物語へとシフトしていく展開はやや驚かされますが、作家が読者である年少の友に、自分の子ども時代を回想しながら抱いた想いを告げる、という展開は児童文学でも常套となっています。作家と読者である子どもとの交流という題材を集めたら、そこそこの数になるのではないかと思います。これも同工異曲で、落としどころも様々ですが、大人が、忘れかけていた自分の子ども心と直面させられるという要素は共通するのではないかと。正統派だと『ヘンショーさんへの手紙』で、異色作だと『ベルが鳴る前に』あたりでしょうか。本書も、物語の中の作者である熊田文子の心境に大きく紙片が割かれています。文子もまた、家出とはなにか、の答えは持っていないのですが、家出のスピリットは大人になった今も胸に潜めています。大人になったらなんでも解決するし、悩みもなくなる、なんてことがないことは、大人はよくわかっていることですが、さて、それを子ども伝えるべきかどうかは、考えさせられるところです。ここではないどこか、なんてものはないから、どこかではないここで咲きなさい、は極端な言説です。考えることが脱皮への足がかりです、あたりが落としどころですが、これもややモヤっとします。いずれにせよ、観念だけで頭でっかちになる悪循環をブレイクスルーするにはどうすべきか。本書の主張である、子どもには夢見る権利がある、は間違いではありませんが、何でもかんでも許容されるわけではないのです。となると、ここで家出はおすすめできないので、一応、親に断って旅にでも出てみたら、になるのか。健全なアルバイトをしてみる、というのも良いような気もします。