もしもしニコラ!

Allo! allo! Nicolas!

出 版 社: あかね書房 

著     者: ジャニーヌ・シャルドネ

翻 訳 者: 南本史

発 行 年: 1975年

※復刊版は2005年復刊ドットコムより刊行

もしもしニコラ! 紹介と感想>

パリのアパートに住む女の子、リーズ。彼女の両親は共働きで、夜遅くまで帰ってきません。寂しいお留守番。いつもベットに入るときは、一人きり。ある晩、あまりに不気味な夜の雰囲気に恐ろしくなって、でたらめに電話をかけてしまったら、たまたま、つながったのが、自分と同い年ぐらいの男の子。その眠そうな声の少年の名はニコラ。バリから350kmも離れたノルマンディの農場に住んでいると言います。すっかり意気投合した二人は、それから毎晩、電話でお互いのことを話すようになり、顔を一度も見たことのないまま、親友として友情を深めていくのです。学校の友達は、そんなところに友達ができたなんて、誰も信じてくれないけれど、リーズにとっては、ニコラが、なんでも話せる、欠けがいのない友達になっていくのです。やがて、お互いに、逢いたいという気持ちを募らせながら、どうにかして、リーズの住むパリから、ニコラの住むノルマンディまでの電車賃を工面しようかと考える二人。まだ八歳の子どもたちの、それでも、大人顔負けに、惹かれあう気持ちの純粋さが、いとおしく、また、折角の逢えるチャンスを、人助けのためにふいにしてしまう二人の優しさに、気持ちを揺さぶられます。二人を見守る、両親たちのフォローもまた絶妙で、安心して読んでいられる、愛情に満ち溢れた作品です。さあ、果たして、二人は念願かなって、逢うことができるのでしょうか。

1975年にあかね書房から刊行された物語が、「復刊ドットコム」への復刊リクエスト投票から、2005年に復刊された作品です。もう一度、この本を手にしたいという読書の熱意が叶えられた一冊です。僕も、原本のあかね書房版を持っていましたが、今回(復刊時に)、再読するまで、ディテールの部分はすっかり忘れてしまっていました。それでも、見知らぬ子ども同士(まあ、小さな恋人同士という趣もあります)が友情をあたためていく物語のロマンティシズムは、とても魅力的で、あらためて、純粋な心の物語だなあ、と思うとともに、今回は、大人視点で、少年と少女の両親たちが、子どもたちの自主性にまかせていながらも、適切な配慮を行っているあたりに、妙に感心してしまいました。どちらかというと、家庭や生育環境に問題がある子どもたちばかりが登場する児童文学やYA作品などを好んで読んでしまうのですが、こうしたストレートな純粋さ、そして、親からのたっぷりの愛情を受けた子どもたちが、他の人にも愛情を分け与えられる優しい心を持って成長していく姿にも、嬉しくなってしまいますね。正しい大人と、正しい子どもたちの心温まる物語。そして、偶然に誰かとつながる、という、稀少な可能性がもたらした幸福に、少女と少年と一緒に、その幸運を享受したいと思うのです。復刊にあたって、訳者の南本史さんが寄せられた、この本を訳して以降の、著者であるシャルドネさんとの長い年月にわたる交流が、新しいあとがきとして記されていて、それが、とても胸を打つ文章となっています。誰かと誰かの偶然の出会いが、友情を育み、生涯の友人として、その一生をともにすることができる。まるで、この物語のような温かさを感じさせてくれる、素敵な一文です。子どもの頃に、この物語を読まれた方も、是非、もう一度、手にとって欲しいと思える作品です。

この本が発表された当時は「電話」を子どもたちが自由に使うなんて、結構、大胆なことではなかったのかな、と思います。最近の児童文学では、メールや、携帯電話、携帯メール、インスタントメッセンジャーや、チャットなどが、物語の重要な小道具になってきています(※この文章自体、復刊当時のもので、現代(2020年)だとSNSですね)。手紙、よりも早く、どちらかと言えば安易に、人とつながることのできるコミュニケーションツールかと思うのですが、これが、また新しいドラマを作り出していることも興味深いなと思っています。特に、インターネットは、色々な弊害もあるとはいえ、同じことに興味のある、同じスピリットを持った人たちを、集わせてくれる新しい場所を用意してくれました。このブログ(※この当時、復刊ドットコムのオマケブログで児童文学の紹介をしており、そこで掲載されたものです)も、僕の興味のある本のことを書かせてもらっているだけなのですが、毎日、読んでいただいてたり、色々な反応をいただけることが嬉しく、見ず知らず、とはいえ、自分の心を知ってくださっている方が、世の中のどこかに存在してくれていることに喜びを感じています。孤独な魂を抱えているのは、子どもたちだけではなくて、むしろ、大人になりきれない大人なのかも知れません。