図書室の魔法

上下巻
Among others.

出 版 社: 東京創元社

著     者: ジョー・ウオルトン

翻 訳 者: 茂木健

発 行 年: 2014年04月


図書室の魔法  紹介と感想 >
友人を持たず、ただ沢山の本を読みふけっている「主人公」がいます。彼女にとって本の世界は「魂のオアシス」でした。入学させられた寄宿舎学校は、物語のお決まりのように、変わり者には不向きな場所でしたが、彼女は孤独さえ読書のスパイスにしてしまうツワモノの読者だったのです。本さえあればどんなことでも我慢できる。意地の悪い周囲の子たちには恐い話でも聞かせて恐がらせておけば良いのだ。本書、『図書室の魔法』の主人公、モリはそんな子でした。まだ十五歳の少女なのに、どこか達観しています。その選書はSF・ファンタジーが中心で、かなりのマニア。読解力は高く、読みも深い。実に手ごわい読者なのです。本書はヒューゴー賞とネビュラ賞というアメリカSF界の高名な賞を受賞した作品です。SF・ファンタジーのアワード作品であり、創元SF文庫から翻訳刊行された作品なのですが、図書館ではティーンズやヤングアダルトコーナーに置かれているのを見かけます。図書館の人たちが意図的に、この本を若い読者層に向けて働きかけていることも興味深いところです。物語は、主人公のモルがある事故をきっかけに母親から離れて、別れて暮らしていた父親に引きとられるところから始まります。複雑な家庭の事情によって寄宿舎で暮らすことになったモルの、彼女をとりまく窮屈な環境と、読書生活と幻想的世界とが交錯しながら物語が展開していきます。事故で双子の妹を失った心痛や、学校での孤独な生活を経て、やがてモルは自分の心の居場所を、町の読書クラブに見つけます。趣味の話どころか普通に人と話をすることもなかった彼女が、読書を通じて自分の意見に耳を傾けてくれる仲間を得るのです。読書にとって孤独はマイナスではありません。一方で、本をコミュニティで語り、交流する楽しさもあります。彼女が本を通じて、心の世界を広げていく姿にはヤングアダルト作品的としての成長物語の楽しみもあります。

一方でストーリーの核となっているのは、彼女と母親との謎めいた関係性です。モルは、魔法を駆使してモルを呪縛しようとする母親から逃れようとしています。フェアリーを見ることもできるモルの繊細な感受性は、母親が送ってくる悪の波動に耐えられません。そして、自分もまた魔法を使ってしまうことに罪悪感を覚えています。そんなふうに書くと、この物語のことをファンタジーのように思われるかも知れません(まあ、ヒューゴー賞、ネビュラ賞受賞作ですし)。しかし、この物語では超自然の力がはっきりと発現するわけではありません。これはモルが「魔法が存在すると思いこんでいる」だけの物語なのかも知れないのです。『螺子の回転』がホラーとも心理小説とも読めるように、本作もまた二重の解釈が可能です。モルが妹の写真を欲しいと頼むと、母親は、その写真に妹と一緒に写っているモルの顔を黒く焼きつぶして送ってきます。この異常な行為を、母親からのネグレクトではなく、「黒魔術」だとモルが考えるところに、この物語の妙味があります。モルの語り口は冷静ですが、そのメンタルは不安定です。その精神状態と「読書」への過度の傾倒には因果関係があるのかも知れず、またそこに読者は惹き寄せられてしまうのかも知れません。

本書には「読書」の世界に誘われるフックが沢山、用意されています。巻末には、モルが読んでいる作品として本書に登場する二百冊近い本の著者名、タイトル、発行元がリストになっています。多くの本に言及しているため総花的に見えてしまいますが、物語の中でモルがとくに評価している作家(カート・ヴォネガット・ジュニアや、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアなど。ル・グィンやトールキンは別格として)については、未読の読者ならその作品世界が気にかかるだろうと思います。読者である主人公の感性が選んだ本という体裁は、読者にとって通常のブックガイド以上に魅力的なものとして目に映るのではないでしょうか。また、この物語は思春期の不安定な心象が、不思議な現象を生み出してしまう物語の類型だと思っています。モルのように内向的で、家庭の問題でストレスを蓄積している思春期の主人公の心の歪みは、現実の世界に幻影を生み出します。ファンタジーという前提であっても、すべての不思議は主人公の心が生み出した闇であり、リアリズムに軸足を置いた物語として読むことも可能です。こうした物語は児童文学の中に数多く見出されます。『めざめれば魔女』(マーヒー)も『マイ・ゴースト・アンクル』(ハミルトン)も『時の旅人』(アトリー)でさえも、そうした解釈が可能ではないでしょうか。繊細な心を持つ少女たちは魔法にかかりやすいし、幽霊を見ることも、タイムスリップしてしまうことさえもあるのです。『図書室の魔法』を読みながら、僕の頭に浮かんできたのは『九年目の魔法』でした。邦題も似ていますが、魔法にまつわる思春期の少女の物語であり、沢山の本を読むことがキーになる点も共通しています。繊細なメンタルと本は響き合います。本書もまた、その心地良い音が聞こえてくる作品かと思います。