出 版 社: 講談社 著 者: 市川朔久子 発 行 年: 2018年02月 |
< よりみち3人修学旅行 紹介と感想>
小学校卒業の半年前に転校するというのは、なかなか厳しいものがあります。新しい学校に馴染むといっても、残された時間はわずかしかないし、思い出に残るだろうイベントだってとっくに終わっているのです。自分が形ばかり載せられた卒業アルバムを見てもなんら思い入れもない。逆に前の学校の卒業アルバムは在籍していないのでもらえないというのは、小学生としては理不尽を感じるところでしょう。そもそも転校することになったのだって、父親の転勤による引越しのためです。これを大いにゴネて、不満に思っていた主人公の男子、大崎天馬(てんま)の中学入学を前にした春休みの冒険を描く物語が本書です。転校した小学校での唯一の友人とも言える、高峰柊(しゅう)に誘われて、天馬は旅に出ることになります。それは、それぞれの事情で修学旅行に行けなかった三人の少年たちのリベンジとなります。いや、それほど気負ったことではないのです。とはいえ、日帰りできない場所に、特急に乗って、子どもだけで旅をするとなれば、それなりの高揚感があるものです。小学校生活の終わりの思わぬ延長戦。ややくすぶっていた天馬は、この旅で何を感じとったのか。なんて、やはり「旅行」ではなく、「旅」と言いたくなるところがポイントです。「かわいい子には旅をさせよ」の比喩は、観光旅行を楽しませましょう、ではなく、それなりの試練を乗り越えさせましょうということではないかと。ただ、それなりにです。これも本書のポイントです。少年たちが心を通わせ成長する姿がさわやかな物語の旅がここにあります。
中学入学を前にした春休み。天馬は柊から、同じクラスだった小林風知(ふうち)と一緒に旅行に行こうと誘いを受けます。風知は女の子のような外見をした、チビでなよなよしていて、学校も休みがちで、学校でもあまり目立った存在ではなかった子です。一方で天馬はがっしりとしていて、大人びた外見をしていて、気性もはっきりとしています。柊は、風知が離れて暮らす父親に会いにいくのに、一緒についてきて欲しいというのです。柊は「王子」と呼ばれているほどの好少年で、面倒見も良く、天馬が転校した学校に馴染むことができたのも彼のおかげでした。天馬としてはボディガード的な役割と思いきや、この三人には小学校の修学旅行に参加できなかったという共通点もあり、こんな形とはいえ、泊まりがけで同級生と出かける、三人だけの修学旅行となったわけです。さて、風知の両親は離婚しており、面会日にはいつも父親が訪ねてきていたのですが、転勤の関係で遠隔地で暮らすことになり、今回は風知が訪ねていくことになりました。父親と会う時、風知はいつも父親から課題(ミッション)をひとつ与えられています。それをクリアしなければならない事情を天馬も後で知ることになりますが、今回は、この旅の途中で、見ず知らずの10人の人から寄せ書きをもらうこと、というお題でした。特急電車に乗り、風知の父親の住む町に向かいながら、三人はこの課題に挑むことになりますが、これが意外に難しい。というのも、子どもだけの旅には危険がつきまとっているからです。世の中、信頼できる大人ばかりではないということを身をもって体験しながら、三人は旅を続けていきます。テレビのロケに遭遇して芸能人に一筆もらったり、地元の子どもたちとトラブルになって、結果的には親しくなって、寄せ書きをもらったりと、小さな事件が続きます。そんな中で天馬も同行している二人のことを思いやったり、大人の都合に振り回される子どもの悲哀を感じたりと、さまざまに思いを巡らせていきます。一本気な性格な天馬と対照的な二人の性格の違いが際立って、三人組物語の魅力も味わえる一冊です。
さて、気になるのが、風知の父親の無自覚なモラハラ気質です。どうにも頼りない息子に、父親は課題を与えることで、鍛錬しようとしています。彼なりに息子には愛情があって、訪ねてきた息子を歓待するのですが、時間内に十人の寄せ書きを集められなかったことで、課題の達成を認めてくれません。どうやら課題が達成されないと養育費が母親に振り込まれないという、わけのわからないルールがあるようです。風知の父親は、それが社会というものだと会社での取引を引き合いに出すのですが、ここで天馬としては黙っていられません。会社のルールと家庭のルールが同じはずはないのに、それを押し付ける父親の傲慢さ。それをまた自分が悪いのだと認めてしまう風知。間違っていることに、正面からちゃんと抗おうとする天馬の姿勢に、柊や風知が向けるまなざしなど、深まっていく関係性も見どころです。さて、終盤、柊が修学旅行に行けなかった理由が明らかになります。風知のインフルエンザや、天馬の転校などとは、また違った事情です。一見、完璧な少年である柊のウィークポイントが明らかになり、それはそれで親近感が湧いたりするわけですから、人間、不思議なものです。柊は修学旅行をパスしてしまいましたが、同じ弱点を持つ子どもが修学旅行に行くために涙ぐましい努力をするのが『夜はライオン』という物語です。旅は人を強くするものかも知れませんが、「かわいい子には旅をさせよ」については、ちょっと考えてしまう現在(2022年)です。