アイスマーク 赤き王女の剣

The cry of the Icemark.

出 版 社: ヴィレッジブックス

著     者: スチュアート・ヒル

翻 訳 者: 中村浩美 金原瑞人

発 行 年: 2007年06月


アイスマーク 赤き王女の剣  紹介と感想 >
「北のヤマネコ」こと、シリン・フリア・ストロング=イン=ジ=アーム・リンデンシールド。十四歳の少女にして、勇猛で果敢な騎士。そして、氷の辺境の名を持つ王国アイスマークの王位継承者。しかし、王位をこんなにも早く継がなくてはならない日がきてしまうとは。南方に位置する帝国、ポリポントゥスの北上により国境を侵されたアイスマークは、シリンの父親である国王リドラウトの奮戦によって時間を稼ぎ、シリンをして国民を属州に避難させた。だが、アイスマークは帝国の前衛部隊を粉砕するものの、大いなる指導者を失ってしまう。国王の死。それを悼む間もなく、アイスマークの人々には、その数十倍の国力を持つ帝国の侵略の手が伸びようとしていた。帝国の将軍、スキピオ・ベロルムは、知略に長けた無慈悲で残忍な策士。アイスマークを支配下におさめるために行軍してくる。若くして女王となったシリンは、いかに気丈だとはいえ、まだ年端のいかない少女。アイスマークを率いるという、この重い責務を背負って、どのようにして帝国と戦うのか。圧倒的に不利な状況の下、シリンに残された道はひとつしかなかった。かつて敵対していた各国に、帝国の脅威を説き、同盟を結んで対抗するのだ。いかにして彼女は、この交渉を成功させるのだろう。シリンが持っているのは、その勇壮で高潔な魂のみ。魔女の息子オスカンをしたがえて、彼女はいかに外交の手腕を発揮していくのか。胸躍る物語の開幕です。

ボリュームのある作品です。本が大きくて重い、ということもあるのですが、物語自体が、ガンガンと大音量を鳴らし続ける、息つく暇のない濃厚さを持っています。目の離せない展開があまりにも続くので、これはこれで読書の愉しみでもあるのですが、ちょっとバランスが悪いかなと思わないでもない。それぐらい、温度の高い、熱く引き寄せられてしまう物語なのです。はあああ、読み終えて、少々、くたびれてしまいましたが、決して、退屈することはありません。王女シリンは、まっすぐで直情的な性格。そんな彼女が、老獪な伝説の国々の王たちを説得し、味方になってもらおうとします。人狼(ウェアウルフ)、不死のヴァンパイア、ゴーストの国の王と王妃、そして、人語を話す偉大なる獣、雪豹族。シリンは、その勇気と心を尽した説得で、彼らの気持ちをつかむことができるのでしょうか。彼女を補佐する魔女の息子オスカンは、気弱な少年と思いきや、ときに人外の血が騒ぎ、超常能力を発揮することも、感情を激させることもあります。ちょっとした言葉の変化球で、ストレートな性格のお姫様とケンカすることもあったり、まあ、本当は心を寄せあう仲の良い二人なのですが、そうした距離感をはかるやりとりにもまた楽しいものがあります。後半の帝国との長い長い決戦は、いやもう、心の耐久戦でもあって、相当、しんどいのです。殺伐で、凄惨な戦闘場面は続き、もう戦争やめましょうよ、と読んでいても思うのですが、どんなに厭になっても続くのが戦いというもの。読者としても、ともにこらえなければならないところ。重い責任を抱えて、一杯いっぱいのシリンを支えている、盟友や臣下たちのキャラクターがユーモラスで、この深刻な状況の中でもほのかな明かりを灯します。シリンが困難を乗り越えていく中で、多くを学び成長していく姿もまた魅力的です。ちょっと好戦的すぎるきらいはあるのだけれど、状況が状況であって、しかたがないところでしょうか。はっきり善悪の分かれるキャラクター造形は、潔く感情移入できるので、これはこれで心地よい読書の快感を与えてくれる作品です。

偉大な動物と子どもたち。しなやかで大きなからだと、獰猛な牙や爪を持ちながら、同時に考え深く深淵な心を持った生き物。ナルニアのライオンや、ライラの白クマのような存在です。この物語に登場する雪豹は、神から言葉を授かったもうひとつの種族として描かれています。その魅力は、前述の名作に比肩するものがあります。伝説の種族である雪豹族の力を借りて、シリンは帝国の野望に戦いを挑みます。大きな身体と深い慮りを持った動物が見守る中、ヒロインは戸惑う自分自身を叱咤しながら剣をとるのです。伝説の動物や精霊たち、中世の北欧を思わせる世界観。ハイファンタジーというよりも、少年少女が活躍する歴史物語のような感覚が強いかも知れません。人智がいまだ届かぬ場所に大いなる神秘が潜んでいる。合理主義を信条とする残忍な帝国に、神秘の力を借りて対抗する王女シリン。物語にどっぷり入り込んで楽しめる一冊です。

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