出 版 社: 評論社 著 者: ダイアナ・ハーモン・アシャー 翻 訳 者: 武富博子 発 行 年: 2022年08月 |
< アップステージ 紹介と感想>
2022年の3月に『マンチキンの夏』が翻訳刊行され、本書が8月に翻訳刊行されたことで、女の子が名作ミュージカルの舞台に挑戦する物語が揃いました。『マンチキンの夏』はセミプロ劇団の舞台の「オズの魔法使い」で「小さい人」であるマンチキン役を演じることになった十二歳の少女を描き、本書は学校ミュージカルで「ザ・ミュージックマン」のバーバーショップ・カルテットの役を演じる十二歳の少女を描いています。脇役ということも共通しているし、物語の途中で二役を兼ねることになる展開も一緒です。また、主人公たちがちょっとコンプレックスを抱えていて、舞台を通じて人と関わることで気持ちをぼどいていくあたりや、何よりも舞台で演じる興奮や大きな称賛を得る歓びを得るあたりは、共に成長物語の愉悦に満ちています。大きな違いがあるとすれば、一緒に舞台を作っていく、周囲の子どもたちへの視線の向け方です。『マンチキンの夏』の主人公のジュリアは、年齢の割に身長が低く、そのためにもっと小さな子たちと一緒にマンチキン役に選ばれます。彼女の視線は、むしろ一緒に舞台を作っていく周囲の大人たちに向いており、大人たちの姿勢や矜持に刺激を受けていきます。一方、本書は学校が舞台ということもあり、横並びの子どもたちの関係性が中心となります。それぞれがどんな気持ちを抱いて、この舞台に立ち向かっているのか。シャイすぎる主人公と、アクの強い「悪役令嬢」風の上級生との絡みが見どころです。舞台はカンパニーです。わだかまりを越えて、その先に見える景色が舞台にはあります。葛藤のはてに、喝采を浴びる主人公の姿を約束してくれる心躍る物語を、是非、ご堪能ください。
ハリブルック中学校では毎年、学校ミュージカルが上演されています。参加希望の生徒たちはオーディションを受けて、役を射止めるのです。今年の演目は『ザ・ミュージックマン』。ミュージカルの名作です。シャイで目立ちたくないシーラはチャレンジをためらっていました。どのみち、ミュージカルで目立つ役に選ばれるのは、歌やダンスのレッスンを受けている社交的で自信満々な子たちです。友だちのキャシーに誘われて、仕方なくオーディションに参加したシーラでしたが、人前で歌うこと自体が難題です。それでも歌うことで不思議と落ち着きを得たシーラは、なんとかこの場を乗り切ります。ヒロインに選ばれたのは、一学年の上の八年生でニューヨーク・シティでコマーシャルのオーディションも受けているというモニカ。そしてシーラにも役が振られていました。バーバーショップ・カルテットの一人として、男子に混じって配役されていたのです。何故、ヒゲをつけたおじさん役に自分が、とシーラは戸惑います。音楽監督のフーバー先生は、シーラの音程がぶれない歌唱力を信頼して、カルテットのまとめ役として抜擢したのです。この公演には、きみはなくてはならないとまで言われ、先生をがっかりさせたくないとシーラの心も動きはじめます。シャイだということは、静かで落ちついているけれど、つまらない子だという自覚のあるシーラ。これはみんなの輪に入ることができず、そんな自分を諦めていたシーラに巡ってきたチャンスです。とはいえ、舞台の練習では、ここが自分の居場所とは思えず、落ち着かないのです。ところが、バーバーショップ・カルテットの練習が始まってみると、シーラには他の子たちにはない才能があることがわかります。絶対音感。シーラにとっては当たり前であったために特別なことだと思っていなかった才能です。このことで、シーラはヒロインを演じるモニカをサポートする、代役も任されるようになるのですが、まあ、このモニカの意地悪なこと。目立つし、華やかで実力もある子だけれど、人を馬鹿にした態度は、他の子たちの反感を買ってもいます。モニカがシーラに辛辣な態度をとるのは、その才能への嫉妬かも知れないのですが、カンパニーの不協和音は収まらず、不穏な事件も勃発します。トラブルを乗り越えて、公演当日にたどり着く物語。それぞれの生徒たちにそれぞれの思いがあります。反目し合っていても、舞台を成功させようと思う気持ちは同じです。少なからず相手を認め合い、心が通い合う瞬間がやがて訪れる。ひとつの舞台を作り上げていく子どもたちの心に去来するものが鮮やかに描かれていきます。
ワタクシゴトですが、大学四年生の時、教育実習で出身高校に戻ったところ、合唱部の顧問の先生から、文化祭で歌劇を演るので手伝って欲しいと頼まれ(先生が体調不良で)、そのまま三ヶ月、教育実習延長戦を行うことになりました。合唱部なのに人数が少なく、合唱が成り立たないので、歌劇にしようという苦肉の策でした。合唱部の大人しく真面目な子たちの間に、部外からハンドボール部の男子や、ヒロイン役で、華のある子(その子は後に宝塚歌劇団で活躍します)が助っ人に入ったりと、タイプの違う子たちの混成チームが、結果的に成功を収める(文化祭の出し物の最優秀賞をもらう)、人生のハイスクールミュージカルのような経験をしました。多少、演劇や音楽の知見があったものの、指導というよりは、手探りで一緒に舞台を作りながら、個性の違う子たちが協力し合う姿や、それぞれの苦闘を俯瞰的に目にして、なんとも物語的なものを感じたものです。これ、自分が横並びで高校生の立場だとしたら、また難しいものがあっただろうと思います(実際、自分が当事者の時のことは、あんまり思い出したくなかったりします)。人と人とはぶつかり合うものです。また、自分自身に確固たる自信なんてない十代ですから、相当、心は揺らぎ続けると思います。本書は、そうした揺らぐ気持ちを存分に味わえる物語であり、最後には舞台の陶酔と、そして舞台がはねた後の、なんとも言えない寂寥感を同時に味わうことができる作品です。まあ、未来ある子どもたちのことです。来年、再来年と彼女たちがどんな舞台を作っていくのか。アップグレードしていく彼らの進化していくステージを想像して楽しむこともできます。