ウィル・グレイソン、ウィル・グレイソン

Will Grayson, Will Grayson.

出 版 社: 岩波書店

著     者: ジョン・グリーン デイヴィッド・レヴィサン

翻 訳 者: 井上里   金原瑞人

発 行 年: 2017年03月


ウィル・グレイソン、ウィル・グレイソン  紹介と感想 >
例えば、お釣りを間違えて多く渡された時に、受け取れるか、受け取れないか。正当な権利ではないものは拒むべきだろうし、それをラッキーと喜べるような人はYA作品の主人公タイプではないと思います。人からの好意を素直に受け取れないこともそれに似ています。自分はそんな人間ではないから。本当は欲しくて仕方がないのに。自分がどんな人間かなんて、自分でわかるわけがない。おそらく一生、答えは出ないものです。とくにメンタルダウンしている時は、全方位に対する警戒感が強すぎて、ほめられても嫌味にしか聞こえず、好意を寄せてくれた相手にも敵意を向けてしまい、大いに傷つけ、そんな自分にも傷つきます。こうした救いようのない悪循環のループから抜け出すにはどうしたら良いのか。自分の心に正直に、素直になる。そんなことは、到底無理。この作品は思春期の複雑なメンタルが、みなぎるウィットとともに、実にスタイリッシュに描かれていきます。おかしなところでバイアスがかかってしまい、人生を楽しめず、打ちひしがれる。フラれる前に自滅して 、関係を続けられない。この作品を好きになる人もまた、おそらくそうしたメンタルに覚えがあるでしょう。凡百な人ではないことの劣等感と優越感が混ぜこぜになって先鋭化していく。ただ、その繊細さを閃かせれば、物語を堪能することができる資質なのです。で、何が言いたいのかというと、ともかくこの本を読んで欲しいということ。二人の作家が二人の主人公の視点で描く共作であり、怪作であり、快作です。ジョークがいいんだよなあ、すごく。

ウィル・グレイソンという同姓同名の二人の少年が主人公。この二人の個性の違いについて特徴点を上げようとすると、一人がゲイであることがピックアップされます。ゲイであることは人間の属性ではなく主体性なのか。まずは、ノーマルなウィルの方の日常から物語は始まります。高校生の彼の人生は、幼なじみで親友のタイニー・クーパーによって翻弄されています。140キロもある冷蔵庫のような巨体を持ったパワフルな男、タイニー。前向きでエネルギッシュ。そして、ゲイ。ゲイであるタイニーの権利を守ろうと、学校新聞宛にうっかり擁護の手紙を送ってしまっために、学校で微妙な立場に立たされることになったウィル。よく笑いよく泣き、人生を謳歌しているように見えるタイニーの次なるアクションは、作演出主演するミュージカルを上演することでした。内容は自分の半自伝。ゲイであることを両親や親友にカミングアウトした日のことや、短い恋愛遍歴を重ねながら、それでも愛を謳う人生を描いた作品。無論、ウィルも主要人物の一人として登場します。タイニーを見守るウィルは、ごくノーマルな少年で、そもそもタイニーとの共通点なんてロックが好きなことぐらい。彼は好きになった女の子のことや進路のことに揺れる普通の子なのです。そんなウィルが、ある晩、シカゴの街角で同じ名前のウィル・グレイソンという少年に出会います。ネットで知り合ったアレックスという男性に夢中だった、もう一人のウィル。ところがアレックスは女友だちが演じていた架空の人物だということを知り、失意のどん底に突き落とされていました。そんなもう一人のウィルに、ウィルはタイニーを引き合わせることになります。二人は惹かれ合い、幸せな時間を過ごすようになりますが、もう一人のウィルの心は、タイニーを素直に受け入れられず、やがて自滅していきます。しかし、そこから大いに飛躍する物語に期待してください。やがてミュージカルの幕が開き、タイニーは愛と人生を歌い、踊り、この世界に語りかけていきます。ここからが、実に良い場面なんだよなあ。タイニーのコールへの最高のレスポンスが待っています。

巨漢タイニー・クーパーには悩みがないように見えます。その骨太な身体のように、エネルギッシュで向日的。ですが、彼の心もまた渇望しています。それは自伝ミュージカルを作ってしまうほど深いものなのです。自分のことに精一杯で、人の心の飢えや渇きには気づけないのが高校生ぐらいの年代です。凄いヤツ、タイニーもまた満たされない思いを抱えたまま、それでも上を見上げています。ゲイであるタイニーは落ちてペチャンコになっていて、そんな彼が、落ち続けようと呼びかけるのは、まさに「堕落論」(坂口安吾)的ススピリットですが、人生の真理を見極めることなのだと思います。そして、きっと彼が手を繋ぎ、上へと引き上げてくれる。あふれる感謝と友愛。素直に表現することは難しい、すぐそこにあるのに手が届かない、もどかしい思いについて。そんな物語でしか物語れないものを是非、読んで欲しいと思います。それにしても「サマー オブ ゲイ!」と連呼するタイニーのミュージカルの挿入曲が実にゲイっぽいのだけれど、ゲイっぽいってなんなんだろうなと思っています。パワーワードですね。