エレナーとパーク

Eleanor&Park.

出 版 社: 辰巳出版

著     者: レインボー・ローウェル

翻 訳 者: 三辺律子

発 行 年: 2016年01月

エレナーとパーク   紹介と感想>

子どもの虐待死のニュースを見るたびに、周囲の人がどうにかできなかったのかと思います。ただ、自分が近所に住んでいたとしても、そうそうコミットできないだろうとも思うのです。事を起こすのは、特定のタイプのシングルマザーと内縁の若い夫の組み合わせが多く、報道で見える範囲では、あまり真っ当ではなさそうだなと印象を受ける風体の人たちです。無論、「風体」で人を判断してはいけないというのが「良識」です。ただ、「風体」を見て、危うきに近寄らずだなと考えるのも「良識」です。子どもたちのことは可哀想だとは思うものの、関わらないことが良識的な選択となり、結果的に子どもたちは救われないわけです。これは地域の人間関係が希薄になった世情のせいだとか、行政や警察の問題だと転嫁することもできます。安全な場所で傍観しながらなら何とでも言えるのですが、火中の栗を拾うことは重い選択です。通報さえできるのだろうかと思います。この物語は、少年少女のとてもピュアな恋愛が主題なのですが、この人目につかないドメスティックな場所で起きている問題が非常に重くのしかかってきます。小さな子どもではなく、十五歳の少女であることも、より危険を孕んでいる。難しい状況から彼女を救おうとする少年の「非力さ」が、ここに輝きます。自分の不甲斐なさに身悶えしてこそのYA作品の主人公です。そして、彼女の心境もまた複雑で、実にもどかしいのです。溢れる思いの結晶のような愛おしいYA作品です。

物語の舞台は1986年。騒騒しい生徒たちが後方の席で幅を利かせる高校のスクールバスで、パークの隣の席に座った転校生のエレナー。赤毛で大柄で、ぶかっこうなシャツを着て、変なアクセサリーをつけた、からかってくれと言わんばかりのさえない彼女。うっかり隣の席を空けたものの、彼女に関わることで自分にもとばっちりがあることをパークは面倒に思います。毎日、エレナーはパークの隣の席に座り、それでも一言も話しかけてはきません。どこか怒ったような挑戦的な沈黙を続けるエレナーを気にかけないようにして、マーベルのコミックを読むパークは、いつの間にか彼女も一緒にページを目で追っていることに気づきます。ここから二人の不器用な交流が始まります。何も言わないまま、パークはエレナーの読む速さに合わせページをめくり、何も言わないままエレナーにコミックを貸すようになります。学校でのエレナーは、からかわれてばかりだし、いつも同じ服を着ているみっともない子です。それでも授業で美しく詩を朗読する声や、その辛辣な物言いにパークは惹かれていきます。やがて二人は少しづつ会話をするようになり、パークは趣味のUKロックを彼女に聴かせてみたくなります。パークは韓国人の母親を持つアジア系の血もひく少年で、その趣味も他の子たちと違っていました(サブカルオタクであり、ゲイ的な志向性もあります)。外見はクールでそこそこ人気もあり、元軍人の父親にテコンドーを仕込まれたなんて変わった一面もあります。警戒心でいっぱいだったエレナーも、次第にパークに惹かれていく自分を感じていきます。とはいえ、これが恋なのか、恋に落ちてもいいのか、二人とも大いに戸惑うのです(ここが読みどころです)。エレナーは相変わらず学校でからかわれ続け、嫌がらせを受けることもあります。彼女の教科書に書かれたいやらしい言葉の落書きにも、パークは憤りを感じます。そしてエレナーをからかう同級生の顔面に、パークが見事なキックを見舞う頃には、その思いは確信に変わっていました。みっともなくて、感じの良くないエレナーのことを、自分が完全に好きになっているということを。

エレナーもまた、どれほどパークのことを好きになっていたか。それでもエレナーは自分自身のことを考えると、パークに好きになってもらえるとは思えないのです。大柄でぶざまな自分の身体にはコンプレックスがあるし、それ以上に、自分の家庭のことが恥ずかしくてならないのです。母親が再婚した粗暴な男、リッチーのために、エレナーも弟や妹たちも粗末な生活を強いられていました。食べ物も、着る服もなく、髪の毛さえ充分に洗えない家庭環境。家族をそんな目に合わせているリッチーに母親は言いなりです。パークのような、素敵な両親がいる、まともで幸福な家の子ではない自分。パークを好きになればなるほど、自分がパークを好きなことの重さで、パークに嫌われるのではないかとも思ってしまう。煮詰まりながらも、どんどんとパークを好きになっていくエレナー。二人の関係は深まり、その思いを育てながらも、状況は悪化し、エレナーの身に危害が及ぶ危機が迫っていました。その時、パークに何ができたのか。まだ少年であるパークには、未来にも変わらない気持ちを約束することしかできません。エレナーは、今、この時以上にパークが自分を好きになることはないだろうと考えています。二人が描く未来の違いや心の温度差が切なく響いてきます。恋する気持ちの強さと脆さと、一瞬だからこそ大切なものが繋ぎ止められた物語です。パークの韓国人の母親と軍人だった父親のパークへの愛情や、頑なではあるけれど彼らなりの正しさで子どもに向ける厳しさもまた良いのです。エレナーのことを手放しに歓迎しないながらも、それでもパークがエレナーを大切に思う気持ちを尊重して、フォローしてくれる。ただ世の中は、そんな大人ばかりではない。不合理で理不尽なものに翻弄される子どもたちが、痛みに耐えながら、胸に灯る大切な気持ちに支えながら強く生きていく姿を、慈しむべき作品です。この切なさが身上なのですが、いや虐待問題は現実的になんとかしないとな、実際。