クレンショーがあらわれて

CRENSHAW.

出 版 社: フレーベル館

著     者: キャサリン・アップルゲイト

翻 訳 者: こだまともこ

発 行 年: 2019年10月

クレンショーがあらわれて  紹介と感想>

想像力がない、というよりは科学的根拠に基づいて物事を判断する性格だと、もうすぐ五年生になるジャクソンは自分の性格を自負しています。なので、自分はイマジナリーフレンドなんて持つタイプじゃないということもよくわかっているのです。それなのに、人には見えないものが自分にだけは見えてしまうしまうし、話しかけてこられたりする。その「想像上の友だち」は、初対面の時は野球帽を被り、スケートボードに乗った二足歩行する猫の姿をしていました。ジャクソンはこの猫にクレンショーという名前をつけます。しばらく姿を見せなかったのに、今回はぐっと大きくなって、Tシャツを着て、サーフボードに乗って登場するという奇抜さ。イマジナリーフレンドがいる、という状態は必ずしも幸福ではありません。自分の心が不安定でなにか助けを必要としている時に、イマジナリーフレンドが現れるという因果関係もジャクソンは感じとっています。イマジナリーフレンドが登場する物語は数多くありますが、この存在に不穏なものを感じていて、できれば現れて欲しくないと思っているあたり特徴的です。本書の中で、6、7歳の子どもの三割程度にイマジナリーフレンドがいるという統計への言及があります。イマジナリーフレンドがいることは、幸福な子ども時代の象徴なのか、あるいはその逆なのか。いずれにせよ、ある種の精神状態が生みだす空想上の代物だとすれば、まあ、その子どもの時間は、そこそこ考えるべき点があるのだろうと思うのです。色々な示唆を与えてくれる物語です。

十歳の少年、ジャクソンがこのところ心配しているのは家の経済状態です。難病を抱えて仕事もままならない父親と、パート勤務をかけもちする母親は、充分な収入を得られているわけではなく、どうやら逼迫した状態になりつつあることをジャクソンも気づいていました。家のものを色々と処分しながらも、元ミュージシャンで楽天家の両親は、心配などを口にしません。気を揉んでいるのは、ジャクソンです。今から三年ほど前にも同じような状況があり、住む場所を失い、ミニバンで数週間にわたる車中泊生活を強いられたことをジャクソンは覚えています。イマジナリーフレンドのクレンショーが現れたのは、ちょうどその頃でした。何をしてくれるわけでもないけれど、ただそばにいてくれたクレンショー。なんとかミニバンでの生活を脱して普通に家に住めるようになり、マリソルという親しい友人もできた頃、クレンショーはジャクソンの目の前から消えてしまいました。それなのに、海でサーフィンをするクレンショーと再会したことに、ジャクソンは不穏なものを感じるのです。「お前は俺を必要としている」とクレンショーはジャクソンに言います。クレンショーは、ジャクソンの不安定な精神が見せる幻なのか。特にジャクソンを励ますわけでもなく、ただ気ままに暮らし、傍にいるだけのクレンショー。心のバランスを失い、万引きにも手を染めてしまうジャクソンは、どうやって精神の均衡をとり戻すのか。頼れる相棒というわけでもない変な大猫のイマジナリーフレンドとの共生が、ジャクソンの不安な日々を彩ります。出口はどこにあるのでしょうか。

科学的だと自認するジャクソンが、不合理な行動に出てしまい、その危うい心の状態を警告するかのようにイマジナリーフレンドが現れる。それによりジャクソンは、自分の心が危機的な状況だと知ります。不安定な心が、身体に良くない影響を与えて発症するのは心身症と呼ばれる状態ですが、ジャクソンの症状は、イマジナリーフレンドが現れるという奇特なものです。家族や友人には気づかれないようにしているものの、自ずとその行動には歪みが生じます。万引きもストレスによるものかも知れず、その罪悪感でストレスはさらに倍増します。もう少しわかりやすく不調を表に出していれば両親も気づくのかと思いますが、概して子どもは自分の異変を隠したいものなのです。そうした心のせめぎ合いがイマジナリーフレンドとして像を結んでいるのではないか、は邪推ですが、正解に近いかも知れません。さて、家庭環境によりメンタルストレスを抱えている子どもがいるとすれば、適切なケアが施されるべきでしょう。本書が照らすのは、悪気のない両親の責任問題です。前向きで、楽天的で、お気楽なのは良いのですが、子どもは不安を抱えています。惨めな暮らしを送らなければならないことへの警戒感は、そんなお気楽な家族もまた辛い目にあうことを避けたいからです。親が思う以上に子どもは心を痛めています。両親が将来設計を堅実に行えていないことや、それでも福祉に頼ることを潔しとしない頑なさのツケを子どもが払わされています。子どもの貧困を生み出しているのは誰なのか。イマジナリーフレンドに仮託された、子ども心の危険信号を考えさせられる物語です。