国境まで10マイル

コーラとアボカドの味がする九つの物語
Crazy loco.

出 版 社: 福音館書店

著     者: デイヴィッド・ライス

翻 訳 者: ゆうきよしこ

発 行 年: 2009年03月


国境まで10マイル  紹介と感想 >
都会育ちのせいなのか、それとも、ただ縁がなかっただけなのか、僕の子ども時代にはあまり語れるような人との触れ合いの話がないな、と振り返って思っていました。人間関係が希薄なのです。本書のような濃厚なドラマはなかったのか、忘れているだけなのか。まあ、国情の違いというものもあります。本書はタイトルどおり、アメリカのテキサス州とメキシコの国境に面した地域、リオ・グランデ・バレーに住むメキシコ系アメリカ人の少年たちを主人公にした短編集です。副題は「コーラとアボカドの味がする九つの物語」。テキサスとメキシコ、二つの文化が混じり合うところ。ここに登場する人々の、血の濃さというか、民族性を強く意識させられます。家族や地域とのつながりは濃密ですし、アメリカの住人であってもメキシコ系であることの気持ちは強い。それでも少年期の痛みは万国共通なのか、ストレートにグッときてしまうところが多々あります。ここに収録された9編の作品は、テイストも描かれている時代背景もやや異なっているのですが、それぞれの面白さがあります。その中で、一番、好きな作品を紹介します。

ペドロが教会で神父の手伝いをする待者にさせられたのは、市長である父親の体面を果たすためでした。しぶしぶ教会に通い、役目をおおせつかることになったものの、ペドロを指導するのはボブ神父ではなく、口ひげを生やした身体の大きな高校生、リカルドとホセ。二人は盗みを働いて、少年拘置所に入れられる代わりに、教会での奉仕活動をしているという噂の強面だったのです。厳しい指導でペドロを鍛え上げた二人は、やがて高校卒業とともに教会の待者を引退することになります。長らく務めてくれたお礼にと金のメダルをボブ神父からもらった二人。彼らは誇らしげに、ボブ神父に感謝を捧げるのでした。二人に後を託されたペドロでしたが、ボブ神父が別の教会に異動したことを機に、教会に通わなくなってしまいます。自分の裏切りに少し胸を痛めつつも、数年後に訪ねた教会で、ペドロは、あの先輩として指導してくれたホセと再会し、驚くべき事実を知ります・・・。

これは、二人の寡黙な不良少年の姿を、年少の少年の視点から見つめた『最後のミサ』という短編作品です。ここにはメキシカンの大半がカソリックであるという背景もあるようです。外の世界では粗暴らしい二人の少年が、教会を気持ちのよりどころにしている感じがちょっと切なく、彼らがすさんでいきながらも純粋さを保っている姿がペドロの目を通して語られます。ペドロが教会に通わなくなってしまうあたりにも既視感があって、ああいう後ろめたさも子ども時代にはよくあることですね。大人になっても不義理は多々しますが、自己正当化してしまうような気がします。あの正味の罪悪感こそが少年的なところではないかと。こうした叙情的な短編の魅力は、一瞬の情景の中に垣間見せられる、あざやかな心の揺らぎです。本書には心を揺さぶられるような場面が数多く登場します。日本国内の児童文学作品にも通じるような感覚もあって、文化風俗の違いを越えたところにある共通したものに、あらためて児童文学の魅力を考えさせられるところでした。

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