Green fingers.
出 版 社: さ・え・ら書房 著 者: ポール・メイ 翻 訳 者: 横山和江 発 行 年: 2009年06月 |
< グリーンフィンガー 紹介と感想>
庭モノが好きな方には堪らない作品です。しかも「庭」と「学校生活を上手くやりすごせない女の子」と、さらに「ちょっと頑固な老人」も登場するとなれば、期待値はより高まるでしょう。庭の再生と呼応するように人の心も修復されていく。芽吹きはじめる植物の生命力に、衰えていた人間の魂も呼び覚まされる。荒れ果てた庭の手入れをすることは、いわばリアルスケールの箱庭療法で、とは言い過ぎか。とはいえ、庭や園芸によって人が癒されるのは周知の事実。そして秀逸な物語を読むこともまた、癒し効果満点なのですよ。
ロンドンでの都会生活から離れて、田園風景が広がるだけのこの村で新しい暮しを始める。のびのびゆっくりとした田舎暮しをしようとパパは言うけれど、本当の目的は引っ越しにあるのだとケイトは勘繰っていました。新しい学校にケイトを転校させるためなのだと。ケイトが学校で上手くやれないのは、すぐ癇癪を起こして爆発してしまうためです。それは彼女が文字の読み書きが苦手なことに原因があるようです。知能に問題がないのに、文字をちゃんと認知できないのは、ある種の学習障がいでもあるよう。ロンドンで働いているママは仕事を辞めるわけにはいかないし、引っ越す先の家は、広大な敷地に建つ築三百年のボロボロな屋敷。パパはここを自分で修理しながらパソコンで仕事をするというのです。パパとママの関係はぎくしゃくしはじめ、また仕事があるママとはめったに会えない生活が始まります。それもこれも自分のせいだと思うとケイトは心を閉ざしがちになってしまいます。新しい学校で親しくなった優等生のルイーズのおじいさん、ウォルターは、ケイトが暮らす家を売った人でした。彼は良く陽にやけた顔と傷だらけのゴツゴツした手をした「緑の指」の持ち主です。菜園が生き甲斐なのに、高齢のウォルターは、息子夫婦から老人ホームに入るように勧められています。今は荒れ果ててしまったあの家を手放してしまったことにも理由があるようだし、どうやら、ウォルターの心の中にも何か閉ざされたものがあるようです。ケイトはママを呼び戻すため、あのサッカー場ほどの広大な、荒れ果てた庭に再び息を吹き込む挑戦を始めます。さて、庭とそれを取り巻く人々の心は再生されるのでしょうか。
ケイトは普通の子なのに、文字の読み書きが苦手なため、先生たちから軽視されがちです。わかってもらえない気持ちを伝えるために爆発してしまい、余計、自分の立場を悪くしてしまう。学校で自分の子どもが問題児とされた時、その正しさを信じて一緒に闘うパパの行動はなかなか素敵なのですが、それをママはどう思ったか。パパとママは双方ともに愛情をもって子どもに接していますが、多少、考え方に差異があります。ケイトが友だちになったルイーズの一家も、それぞれ愛情を持ちながらも、すれ違いになる人間関係が見えてきます。先生たちだって学校の秩序を守るため、良かれと思ってやっているはずです。人の心は、難しいですね、色々と。閉塞しがちなリアルがここにあり、そうした中で、ケイトが自分で見つけだすものが力強く訴えかけてきます。やや説明的で、余白が少ない印象もありますが、この心のドラマには考えるべきところが多かったですね。回復する庭の象徴性はもう少し後で、ケイトのこれから、に効いてくるものかも知れないという余韻が響きます。ところで、年をとると男性は田舎暮らしをしたがり、女性は都会に住みたがる、という通説があります。僕も、やっぱり緑が多い方がいいな、なんて思うようになってきているのですが、これも老化の兆しなのでしょうか。