コロッケ天使

出 版 社: 学習研究社

著     者: 上條さなえ

発 行 年: 1991年09月

コロッケ天使  紹介と感想>

コロッケ天使とは、転校生の女の子アンが、やんちゃな少年ユッチにつけたあだ名です。光る輪の代わりにコロッケを頭の上に浮かべた天使であって、 そのイメージは、ガサツだけれど、わりとイイ奴ぐらいな感じでしょうか。コロッケが象徴するのは庶民的な気さくさで、ユッチの好物であり、彼自身がコロッケ的ということなのです。この物語はユッチという、アクティブな少年を中心に、そこにちょっと変わった女の子アンが関わることで展開していきます。ユッチの暮らしている環境がユニークで、また学校のアウトローでもあるキャラクターが鮮烈です。ユッチは学校のことはどうでもいいというタイプ。体育は得意だけれど、他の勉強はまるでダメ。中学校を卒業したら競馬のジョッキーになろうと思っているので、勉強などは意味がないのです。競走馬の世話をする仕事をしているお父さんと二人で、厩舎に暮らしているユッチは、馬と一緒に育ち、競馬の世界をずっと見てきたためジョッキーへの憧れを強く持っていました。お父さんは馬の世話にかけてはしっかりとした人なのですが、お酒を飲んで暴れる悪癖があり、お母さんは半年前に出ていってしまいました。ユッチは仕方なく出来あいのオカズを買ってきて食事を用意したりと、小学生にはなかなか大変な生活を送っています。それでもユッチにはこだわりがあって、コロッケは揚げ物屋のシマヤのものではないとダメだと思っています。ここはグルメを自認しているユッチです。お父さんへの当てつけでお母さんの手作りコロッケが食べたい、と言ったりもしますが、シマヤのコロッケがかなり好きなようです。とはいえコロッケばかりの生活は、栄養のバランスだけではなく、心のバランスが崩れてしまう危険もあります。お母さんがいなくなってもめげないユッチですが、どこか寂しさはあるのです。昔ながらの、ちょっとイイ奴である悪ガキは、本人は意識していないけれどセンシティブで、オレ様流だけど、もの思いにふけりがちです。そんな古き良き児童文学の懐かしさが一杯詰まった作品です。 

転校生のアンはかなり個性的な子です。「赤毛のアン」の大ファンだからアンと呼んで欲しいなんて自己紹介で言い出せば、「アンパンのアン」だと言い返すユッチと、早速バトルを展開するあたりは、こうした児童読みもののヒロインらしいところ。勉強して、東大を出てドイツに留学し、二十代で政治家になり、総理大臣になる。そんな夢は良しなのですが、さらには日本の土地を売ってしまい、オーストラリアに土地を買い、新しい日本を作り直すという大構想には、さすがのユッチも引きます。いや、アンを政治家にしてはマズイと心に誓うのです。そんなアンの家庭もまた複雑で、市議会議員のお母さんと二人暮らしなのは両親が離婚しているから。アンのお父さんとユッチは別ルートで交流があって、後にその関係を知ってびっくりするなどのエピソードも楽しいですね。反発しているようで、互いに家に遊びに行ったりと、不思議と仲の良い二人も微笑ましいところです。厩舎に暮らしているという変わった生活もまた興味深く、騎手や調教師とユッチの父親のような厩務員の関係や、馬を育てていく歓びや矜恃など、この世界ならではの面白さを知ることができる物語でもあります。 

酒を呑んで暴れてお母さんを殴ったりする、お父さんは相当にダメな人なのに、この物語では随分と大目に見られています。それが本書が刊行された1991年という時代の一般的な感覚だったというと、やや違う気もしますが、ミッチも文句を言いながらも、お父さんが暴れるのは甘えたいからなのかなと考えたりと、現代にはない鷹揚さがあります。ミッチ自身もかなりひどいことを言ったり、先生を困らせたりと問題行動が多い少年です。多分、この時代でも許されないだろうと思うのですが、なぜか容認されています。あとがきに、作者の上条さなえさんご自身が小学校の教員時代にこうした少年に困らされたことを書かれていますが、今となっては懐かしく思い出されている様子で、やはり手のかかる子ほど可愛いもの、だったのでしょうか。ラフでタフな少年は、多少の家庭の問題などは乗り越えていくし、周囲の人たちにも元気を与える存在です。コロッケは高級感のあるオカズではありませんが、バイタリティを感じさせる食べ物です。大地がコロッケ天使でいっぱいであった時代もまたあったのではないかと思うのです。