ゴースト・ボーイズ

GHOST BOYS.

出 版 社: 評論社

著     者: ジュエル・パーカー・ローズ

翻 訳 者: 武富博子

発 行 年: 2021年04月

ゴースト・ボーイズ  紹介と感想>

副題どおり「ぼくが十二歳で死んだわけ」が語られていきます。物語冒頭から主人公の少年は銃撃によって死んでしまいます。なんの犯罪を犯したわけでもない少年が、警察官に撃たれて死亡する。どうして、そんなことになったのか。現在(2021年)、非常にホットなテーマとなっているBLMを描く物語です。このテーマが現在だけのことではなく、黒人への不当な差別がアメリカ社会において綿々と問題であり続けていることを、この物語では、被害者として非業の死を迎えてしまった各時代の「ボーイズ」たちが、「ゴースト」となって語り継いでいくという使命が与えられています。死んでからもなお、安らかには眠れない。とはいえ、まったく自分の死を納得できなかっただろう少年たちに、その延長戦がゴーストとして与えられているという夢想は、彼らの死を悼み、その人生の尊厳をリスペクトするものとなっています。この本、作者のあとがきの後に、この物語を「話し合う」ための16項目の質問が掲載されています(これも作者が提示したものなのでしょうか)。『「命は終わっても終わらない」という言葉を、作者はどのような意味で書いたと思いますか(一五八ページ)』などかなり微に入っています。ちょっと国語の問題や道徳の授業っぽくなるのですが、大人的には新鮮なところもありました。自分が気になっているのは『セアラという登場人物が描かれているのはなぜでしょうか。また、セアラにジェロームが見えるのはなぜでしょうか。セアラは何を表していると思いますか』という質問です。ゴーストとなった少年ジェロームのことを唯一見える少女セアラの存在には、この本の読者に求められるものが仮託されている、というのが僕の答えです。読者もまたセアラのように、ゴーストとなった少年を見ることができます。死んでしまった彼のために何ができるのか。読者にも重いテーマを問いかける作品ですが、その展開や構成、ビビットな心情描写など非常に読ませる作品だと思います。

ドラックの売人がはびこる荒れた地域の学校で、いつもいじめられている十二歳の少年、ジェローム。友だちもおらず、ランチもトイレの個室で食べるという毎日ですが、彼が明るい性格でいられるのは仲の良い家族に恵まれているためかも知れません。そんなジェロームがスペイン系のカルロスというテキサス州から来た転校生と親しくなります。いじめっ子たちは、さっそくカルロスにもちょっかいを出しますが、そこでカルロスは銃を取り出し威嚇して、いじめっ子たちを撃退します。あとでこれがオモチャの銃だということをジェロームは教えられ、二人が友だちになった証にとカルロスからこの銃を預かることになります。ところが、嬉しくなってオモチャの銃を構えて遊んでいたジェロームは警告もなく警察官に発砲され、救命措置さえ施されることがないまま絶命します。こうして、ジェロームは命を落としましたが、その魂はゴーストとして存在しており、誰にも気づかれることもなく自分を巡ることの成り行きを見守ることになるのです。嘆き悲しむ家族たち。怒りを震わせる人たちは、反差別の運動を繰り広げます。ジェロームが子どもであるということや、警察が警告しなかったこと、救命措置が行われなかったことなどが争点となり、ジェロームを撃った警察官はその真意を問われていきます。その予備審問の成り行きを何も口を挟めないまま見守るジェローム。しかし、その審問の最中、ただ一人だけ、ジェロームの姿が見えている人間がいました。ジェロームを撃った白人警察官の娘であるセアラです。何故、セアラにはジェロームが見えるのか。二人は話し合い、そのことの意味を考えていきます。セアラは、自分がジェロームを助けることになっているのではないかと言いますが、死んでしまった少年のために一体、何ができるのでしょう。そして、二人のそばには、もう一人のゴーストの少年がいました。エメット・ティルと名乗るこの少年は、60年以上前に死んだ、やはり白人に殺された黒人少年であり、その死によって公民権運動が勃興するきっかけを作った人物です。彼がジェロームに求めたものは何か。ゴースト・ボーイズたちの使命がここに描かれていきます。

事件が起きた経緯を遡っていく展開に、止められない歯車を前にして地団駄を踏むような悔しさや焦燥を覚えます。なぜ、あの時、ジェロームはカルロスのオモチャの銃を預かってしまったのか。友だちができたことの喜びでジェロームが冷静な判断を失ってしまったことも悔やまれます。彼がとてもピュアな少年であることに、その悲しみは一層、深まります。自分の存在に気づいてもらえない家族の前で、「ここにいるよ」と訴え続ける場面は胸に沁みます。この少年が救われるにはどうしたら良いのか。「証言者になれ」とエメットはジェロームを諭します。こうした非業の死を遂げた少年がいたことを知ってもらうことが、次の世界を変えていける。セアラは彼らのことを調べ、ホームページを作り、その存在を知らしめようとします。そのために父親に協力を求めようとするセアラの姿や、娘をだきしめる父親の気持ちなど、たくさんの言葉にできない思いがここに交錯します。ジェロームにオモチャの拳銃を預けたカルロスもまた彼の姿は見えないものの、その死に動かされ、勇気をふるって行動していきます。一人の少年の死が、少なからず多くの人たちの気持ちを動かしていきます。『「命は終わっても終わらない」という言葉を、作者はどのような意味で書いたと思いますか(一五八ページ)』。そうした問いかけを、あらためて考えてみること。失われた命を失わないことも人間にはできるのだと、その死を悼み、語り継ぎ、次の世界に生かしていくのだと、祈りと願いが込められた一冊です。