ガニメデの少年

Farmer in the sky.

出 版 社: 早川書房

著     者: ロバート・A. ハインライン

翻 訳 者: 矢野徹

発 行 年: 1987年08月

ガニメデの少年  紹介と感想>

「ほら、おっ母さん、あれがガニメデ最大のクレーター、エピゲウスだよ。いつかボイジャー2号が記念の写真をとってくれたっけ。もうすぐ、お空の木星の上に衛星のイオとエウロパがのぼるよ。お祭りみたいでにぎやかだねえ・・・」。 久しぶりに手をひいて、木星最大の衛星ガニメデを見物しながら渡り歩く親子の情景を叙情豊かに描いた傑作『ガニメデの少年』です・・・というのはまったくの嘘です。そんな話ではありません。これは戯れに書いてみた「ガニメデだよ おっ母さん」です。20世紀中葉に書かれたSFだって、もう少しアレです。著名なSF作家であるハインラインには代表作をというべき作品がいくつもありますが、それぞれ作風が違うことに驚かされます。この『ガニメデの少年』はジュブナイル色が強い作品です。昨今の緻密なSF作品と比べると、非常におおらかな世界観が描かれています。1950年に書かれた作品が1987年に翻訳刊行されたもののため、やや文章の古さなど否めません。光文社の古典新訳文庫でアーサーCクラークの『幼年期の終わり』が新訳されて、大学生が選ぶ本としてベストに選出されていた記憶もありますが、SF名作も新訳の出版機会がもっとあっても良いのではないかと思いますね(ハインラインだと『夏への扉』や『宇宙の戦士』は新訳になりましたね)。

本書『ガニメデの少年』は、未来、食糧危機の地球を離れ、新天地を目指し、木星の衛星ガニメデに移民船サンフラワー号で移住した家族が、思いのほか整備されていない荒野で農耕を行っていくという開拓物語です。主人公はスカウト・スピリットに溢れた少年、ビル。宇宙移民に行くのに、そっとスカウトの制服を持っていくほど、スカウト魂を持った少年です。移民船の中でボーイ(ガール)・スカウト団を結成するものの、現地ガニメデには既にスカウト団があって、どちらが傘下に入るか、なんて対立も描かれていたり、イーグル・スカウトになるためには、なんの技能バッチを習得しなければならないかなどとスカウトの話題も豊富です(SFでスカウトの制度や仕組みを知ることになるとは思いませんでした)。メイフラワー号という移民船の名前は、かつてヨーロッパから、新大陸アメリカに移民していった人たちが乗っていた船の名前にちなんでいます。楽園を目指した開拓移民たちが、思いのほか厳しい現実に苦労する、というストーリーもまた、そうした写し絵ですが、未来にもまた力強い人間のフロンティアスピリットが物語として存在し続けることは頼もしいものです。そういえば、以前に読んだブラジル移民であったアントニオ猪木氏の少年時代の話も、なかなか読ませるものがありました。父を亡くした大家族が祖父に連れられブラジルへの移民船に乗るものの、バナナにあたって祖父は船上で亡くなり、大黒柱を失ったままブラジルに到着した兄弟たちはコーヒー農園などで過酷な奴隷のような労働を強いられることになります。こうした現実の移民ストーリーもまた感動的です。おそらく作品には1950年の文化的な状況やスピリットが多分に加味されているのだろうと思います。こうした当時の時代感が未来に投影されるのがSFの面白いところですね(ボブ・デュランが神格化されている未来、なんて設定の作品もありました)。SF的借景のもとに描かれているものも、やはり人間同士の心の動きであって、その微妙な揺れにこそ感じ入るものがあります。SFであるからこそ描ける心の動きもまたあるのかも知れませんね。