コピーボーイ

COPYBOY.

出 版 社: 岩波書店

著     者: ヴィンス・ヴォーター

翻 訳 者: 原田勝

発 行 年: 2020年03月

コピーボーイ  紹介と感想>

大学生だった頃に一人旅をして、その時の経験から、一人旅は向かいないと思い知り、以降、チャレンジしていません。社交的な性格ではなく、旅先で人と関わることもないまま、一人で楽しむこともできず、孤独感を深めて自分自身の欠点と向き合う、そんな旅でした。それなら外に出ない方が良いと思い、さらに世界は広がらず、ドラマも始まらないわけです。『深夜特急』やバックパッカーの体験記などを読んで、これは本の世界だけでいいなと思ってしまったのも自分の限界点です。まあ、それでも旅の物語は楽しいものです。物語の中の一人旅は、主人公が若く未経験であればあるほど、新しい世界を知る衝撃があります。現実にはないようなラッキーな偶然が訪れて、親愛なる主人公が驚きながら体験する世界を臨場感を持って体験できることは、読書の喜びです。本書の主人公は、あの『ペーパーボーイ』の「ぼく」です。なので、より親近感があります。前作では名前が明記されていなかった気がするのですが、今回はヴィクターとその名を呼ばれています。ヴィクター・ヴォルマー。姓名ともにVで始まる自分の名前を、彼が名乗ることには困難があります。吃音があって、同じ音を何度も繰り返してしまう。その状態は前作から変わりません。また、自分が父親の本当の子どもではないと知ってしまったことを胸に秘めたままでいるのも、あれから6年経った今も進展はありません。さて、十七歳になり、大学進学を目前に控えたヴィクターが、一人旅に出る契機が訪れます。無論、自分に閉じこもることなく、その世界を大きく広げていきます。一人旅はそうでなくては、と思いますよね。

大学進学を前にしてヴィクターは新聞社で雑用係(コピーボーイ)のアルバイトをしていました。ある日、新聞の記事の中に、79歳の元商船乗組員の訃報を見つけます。それは年長の友人であり、かつて自分を知の世界に導いてくれたスピロさんの名前でした。身寄りのいないスピロさんの遺灰を引き取ったヴィクターは、生前、彼と約束していた方法で、埋葬を行いたいと考えます。ヴィクターの住むメンフィスから、スピロさんの故郷であるニューオリンズまで南下し、ミシシッピ河の河口に遺灰を撒く。川と海がひとつになる場所を探して欲しいとヴィクターはスピロさんに言われていたのです。一人旅に出ることを両親は反対します。来年にでも飛行機で一緒に行こうという父親の提案を振り切り、逸るヴィクターは小型自動車に乗って、この葬いの旅を決行します。バイト先の編集長にニューオリンズにいる友人を紹介してもらい、そのツテをたどって、目的の場所を探し出す。しかし、ミシシッピが流れ込み、川と海がひとつになる河口とはどこなのか、それを探すことが意外にも難題なのだということがわかってきます。ニューオリンズ市街で編集長の友人であるパットン(あだ名は将軍)やその恋人のエイドリアンと交流し、そこから州道23号線に乗って南に走って、陸路でいけるミシシッピの最後の川ぞいの町ヴェニスへ。そこで将軍に紹介してもらった漁船を扱っているアンリ・モローのもとを訪れます。アンリ一家に歓待され、特にアンリの娘で、ひとつ歳上のカッコ良く魅力的な少女、フィルことフィロミーンとも親しくなります。ハリケーンの接近やフィルにつきまとう不審な男とのトラブルなど、河口を探しながらも色々な事件が起こり、そうした中で、共に将来への岐路に立っているフィルとビクターが心を通わせていく姿が、さわやかで心地良く感じられます。多くの人との出会いに勇気づけられ、自分の未来を見据えて心を決める夏の旅。なんという理想の一人旅であるのか、なのです。

この旅の途中にも、ヴィクターの心の中には、スピロさんの声が響いています。十一歳のヴィクターが新聞配達をしていた時に知り合った、この賢明な人物がヴィクターに与えた多くの知見は、今も彼を刺激し続けています。その問いかけは時に抽象的で難解です。かつてスピロさんから与えられた四分割された紙幣に書かれた四つのSの文字。Student(学ぶ者)、Servant(尽くす者)、Seller(商う者)、Seeker(探し求める者)。「魂の四分割」を表すこの言葉は、考えていれば、いつかこの四つがどう組みあわさるのかわかるとスピロさんは言います。それが何を意味するのか(訳者後書きで、この四つのSのもうひとつの意味がわかります)。ヴィクターがこの四つの言葉を叫びながら遺灰を撒く時、彼なりの答えが胸に去来します。老人が少年に与えた人生の指針の意味するものを、ヴィクターはこの先、何年もかけて見つけていくのだろうと思います。人生の岐路にたった少年の門出を、どこかで見守っている人がいる。やはりボーイミーツオールドボーイ作品の魅力を感じるところです。ちなみに、この『ペーパーボーイ』→『コピーボーイ』の変遷がお好きな方は、是非、国内作品の傑作である『あたらしい図鑑』→『ネッシーはいることにする』をご覧ください。やはり、賢明な老人に感化された野球少年が、知の世界に出会う物語であり、またその死を悼みながら成長していく続編です。ディテールは全然違いますが、通底するスピリットがここにあると思います。