シーグと拳銃と黄金の謎

REVOLVER.

出 版 社: 作品社

著     者: マーカス・セジウィック

翻 訳 者: 小田原智美

発 行 年: 2012年02月


シーグと拳銃と黄金の謎  紹介と感想 >
銃はある。とはいえ、一度しか銃を撃ったことのない十五歳の少年が、百戦錬磨の熊のような男に勝てるのか。しかも向こうのリボルバーは最新式で、こちらは二十年以上前に製造されたモデル。それでも、姉と自分の命を守るために、シーグは戦わなければなりません。熊のような男の名はウルフ。左手の親指のない、荒々しい男。奴は十年に渡って、シーグの父親エイナルを付け狙い、その行方を追っていました。ついに、ウルフがエイナルを見つけ出し、スウェーデン北部にあるこの家にやってきた時、エイナルは氷上の事故で凍死し、遺されたシーグたち家族が途方に暮れていたところだったのです。ウルフはエイナルに貸しがあり、それを取り戻すためにここに来たと言います。エイナルが死んでいるのなら、その子どもたちが、借りを返さなければならない。銃をつきつけられたシーグとウルフの息詰まるような一日の攻防戦。極寒の地で繰り広げられるサスペンス。少年の家族に対する想いや、十九世紀末から二十世紀初頭にかけて金の採掘に沸き立つ人々の群像などがミックスされた、実に読み応えのある児童文学作品です。

採掘された金属を分析する仕事を生業にしていた父親のエイナルは、化学や精密な機械に造詣が深く、シーグに一丁の拳銃を与え、その構造の持つ美しさをこと細かく教え込むような人でした。一方で母親のマリアは信仰に篤く、人々の心が荒みがちなこの採掘場でも、聖書の教えを守る敬虔な人。タイプが違う二人は時折、言い争うこともありましたが、姉のアンナと弟のシーグの二人の子どもたちに恵まれた幸せな家族だったのです。しかし、シーグが五歳の時に母親は何者かに虐殺され、それ以降、一家は、父親に連れられて、転々と住む場所を替えるようになります。それから十年。父親の隠し持った秘密を、シーグがようやく知る時には、既に父親は亡くなっています。しかも、その秘密を聞かされたのは、ウルフという業悪な男からだったのです。家族の秘密が一気に明らかになった日。少年は大きく成長することになりますが、ここで命が終わるピンチにも直面していました。シーグの命と心を救うものは、両親の教えです。既に失われてしまった両親との絆が、窮地からの脱出を促します。両親との思い出が少しずつインサートされていく物語の構造や、時系列の描き方が、比較的ストレートな筋立てのこの物語を豊かに彩っています。色々と考えるべき点はありますが、実に浪漫あふれる作品です。

繰り返される「死人にも口はある」というフレーズが、この物語のキーになっています。これが文字通りに解釈される時もあれば、「死人に口なし」の逆説になる場合もあります。ダイニングメッセージを示唆することもあれば、信仰を踏まえて深遠に解釈される場合もあるのが面白いところです。 一つの事象を巡っては、物理的な法則と、心の動きが同時に作用するものです。引き金を引けば銃から弾が発射される。それは精密に組み立てられた製品の構造と技術の精華であり、シークの父親はこれを「美しい」と例えるメンタルの人です。一方で、銃から出た弾は人の命を奪う力を持っていて、母親から信仰と道徳心を説かれて育ったシーグにとっては望むべきことではありません。凶暴な男に襲われる危機から逃げ出す最適な方法とは何か。単純な活劇ではなく、考え方の相克がドラマに加わっているところに、複雑な面白さがあります。ところでこの物語は「ゴールドラッシュ」を題材にしています。先に『ハサウェイ・ジョウンズの恋』という十九世紀半ばのアメリカ西部のゴールドラッシュを背景にした作品がありましたが、この作品は十九世紀末のアラスカのゴールドラッシュを物語の起点にしています。近代史上、色々な場所で繰り広げられた過酷な営み。金が採掘されたことで、目の色を変えて集まってきたような人々に、道義心を求めることは難しいものです。人間にとって、本当に大切にすべきものは何か。児童文学作品は過酷さだけでなく、魂の荒野で、それでも大切にすべきものを考えさせる力を持っているものですね。