出 版 社: 冨山房 著 者: ジョーン・エイキン 翻 訳 者: こだまともこ 発 行 年: 2008年01月 |
< ダイドーと父ちゃん 紹介と感想 >
タイトルは『ダイドーと父ちゃん』。原題は『Dido and pa』、ニュアンスも加味すれば、まさにそのまま。勇敢でカッコよく賢い少女であるダイドー・トワイトと、その父、アベデネゴー・トワイト氏の、親子なんだけれど敵同士、だけれど仲が悪いわけでもない、という不思議な関係がユニークな冒険物語。王室をめぐる謀略。暗殺や誘拐など、悪が跋扈する凄惨なお話であるにも関わらず、なんだかユーモラスで楽しい作品であるのは、登場人物たちの快活さと愛おしいキャラクターによるものなのかも知れません。彼らを活き活きと描く、エイキンの筆致と、こだまともこさんの、なんともイイ感じの翻訳があいまって、このサスペンス感あふれる甘くない世界を、ハラハラしながらも楽しく見守らせられてしまうのです。児童文学ファンにはおなじみ「ウィロビー・チェースのおおかみ』からはじまる、エイキンのダイドー・シリーズの六巻目にあたります。主役が入れ替わりながら、つながっていく物語ですが、これ一冊だけでも楽しめます。このシリーズについて『オリバーツイスト』+『ゼンダ城の虜』にミステリーを加えたようなと評されている方がいらっしゃいましたが、ロンドンの町をかけぬける孤児たちのたくましさといじましさや、王宮をめぐる謀略ロマンは、なるほどそんな感じでもあります。舞台は、19世紀前葉のイギリス。日本なら江戸時代末期なんだから、時代劇なんですね、これは。悪玉は悪玉らしく底意地悪く、善玉たちの紅顔はどこまでも赤く、ということで、いや読んでいること自体が、すっごく心地良くて、いつまでも読んでいたい、そんなお話なのですよ。
新しく即位した英国の王様、リチャード四世(これは架空の物語なので、現実の歴史とは少し異なっています)。しかし、英国内にはリチャード王の即位を快く思わない人々がいました。その中心となっているのが、リチャード王のいとこであるジョージ王子を担ぐ、ハノーバー党の面々。ハノーバーの大使である辺境伯アイゼングリムは、リチャード王を亡きものにして、ジョージ王子を王位につけようと虎視眈々と画策しておりました。ところが、ジョージ王子のふいの逝去により、かつぐ頭目がいなくなってしまいます。そこで、今度は王様をニセ物とすげ換える計画を企てるのです。辺境伯はリチャード王を支えている臣下を事故に見せかけては暗殺し、ジリジリと王の力を削いでいき、次に王の信望の厚い忠臣、バタシー公爵を標的に選びました。ところで、このバタシー公爵、ただの貴族ではない気風を持った人物でした。彼は、不幸な事故から、孤児として育てられ、ついこの頃、公爵家の跡取りだということがわかった心優しく賢い青年なのです。かつて、彼が、まだ貧しい画学生サイモンとしてロンドンに出てきた頃、下宿した先の家主こそがトワイト氏。彼は音楽家なのですが、ハノーバー党の一味として、王権の転覆を狙っている人物でした。サイモンは、トワイト氏の末娘ダイドーと協力して、時の王様を危険から救ったこともあります。数々の冒険を経てロンドンに戻ってきたダイドーと、今はバタシー公爵となったサイモンが再会するところからこの物語は始まります。果たして、辺境伯の魔の手から、サイモンとダイドーは、リチャード王を救えるのでしょうか。
ダイドーの複雑なところは、父親であるトワイト氏が、辺境伯の手先となって悪事の片棒をかついでいることです。困ったことに、トワイト氏は、非常に小物の悪党なのです。辺境伯が天下をとった暁には、王室の音楽主任にしてもらえるという約束で、悪事に加担しています。音楽の才能はある、それはダイドーは認めるところ。父ちゃんの作る曲には、ダイドーもうっかり感動してしまったりするぐらいなのです。だけれど、父ちゃんときたら、チンケな悪党だし、心は狭いし、娘を利用しようとしていることはミエミエ。なんとか父ちゃんたちの陰謀をくだこうとダイドーは突っ走ります。賢く、機転がきいて、勇敢な少女、ダイドー。悪党なんだけれど憎めない、間の抜けた感じの父ちゃんとの丁々発止のやり取りも楽しい。勧善懲悪の時代劇世界なのですが、ダイドーの複雑な心境もまた、物語に膨らみを与えてくれます。他の登場人物たちも、なかなかの個性派揃いで、そこはかとないペーソスに溢れています。ロンドンの町中を生き抜く貧しい子どもたちのバイタリーにも楽しませてもらいました。なによりもダイドーという少女の生命力と、ふとした心の隙間に惹かれるところがあったかな。好きだったのは、ダイドーが「まず人に自分の誕生日を教える」ところなんですね。いきなり誕生日を教えられたりすると、警戒していた相手も、とまどいながらも微笑んでしまったりする。そんな、いい感じ、が沢山ある作品でしたよ。あ、パット・マリオットの挿絵も健在で、これもまた、いい感じです。物語の世界にどっぷり浸れる500ページ強。長いようで短いんだな、これが。