出 版 社: あすなろ書房 著 者: アントニオマルティネス=メンチェン 翻 訳 者: 宇野和美 発 行 年: 2009年09月 |
< ティナの明日 紹介と感想 >
この作品の良さを自分の言葉でうまく伝えられるだろうかと、この感想を書き始めながらリアルタイムで戸惑っています。読むだけで大きな愉悦があって、胸が高鳴ってしまうのは、こういう児童文学がすごく好きだからです。主人公を客観的に、それでいて愛情深く見つめる、どこから見ているのかわからないような不思議な視点。意表をつかれてばかりいました。展開も先が読めず、すっかりツボにはまってしまった一冊です。不思議で、真っ当で、まともで、ぐっとくる。『二十世紀スペインの百冊の子どもの本』に選定された作品でもあるそうです。あらすじから凡庸なYAのようなイメージがあったのですが、これは、一筋縄ではいかない作品でしたね。
先生の指名で、キリスト教の公教要理や福音書などの知識を競い合う「宗教コンクール」に学校代表として出場することになった中学生のティナ。他の勉強はいいからコンクール対策だけをしろと命じられ、ひたすら知識を頭に詰め込んでいます。そんなさなか、近所で魔女と呼ばれていたブラサばあさんがひっそりと亡くなりました。誰も泣かないお葬式で、一人だけ涙を流していたティナ。そしてティナは、夜な夜な頭に浮かぶ、ブラサばあさんの恐ろしい死に顔に苦しめられるのです。ある日の学校帰りに、ティナはブラサばあさんの家を探す、素敵な若者と親しくなり、やがて彼が離れて暮らしていたブラサばあさんの息子だということを知ります。ティナの感性がするどく感じとっていた通り、本当は魔女ではなく、可哀相な女性だったブラサばあさん。ブラサばあさんの息子はティナが宗教コンクールで優勝すると予想しますが、さて、どうなるのか。物語の舞台となっている1940年代のスペインは民衆も貧しく、女の子であることの差別もあったようです。ティナも赤ん坊の弟の世話や、家事に追われ、兄のように思う存分に勉強ができません。そうした時代を背景に、考え深く、細やかな感性を持つティナが見つめる世界。静かに震える、その空間は寡黙なのだけれど、心地良い波動が伝わってきます。
落ち込んだり、いらだったり、妙に浮かれたりする。風向きやお天気、ちょっとしたことで気分は変わってしまう。大人になるともう少し気分をコントロールできるようになりますが、子どもの頃の、あの、なんか変な感じの気分を思い出すとちょっと切なく、苦しくなります。なんだか気まぐれで、でたらめで、ままならない感覚。恐怖心に翻弄されてしまって、悪夢からなかなか立ち直れないなど、この物語では、ティナが感じている色々な気分が詳細に描かれていきます。彼女の感性がユニークで面白いのです。きまじめで、世界に対して好意的でもある。しかも、彼女が小さい女の子ではなく中学生だということも、不思議をかもしているのです。境遇への不満があったり、なんだか良くわからない子ども気分を持て余しながらも、そこから先に進もうとしているティナ。しかもそれを、ありきたりな言葉で説明したり、パッケージせずに、その感覚をそのまま伝えてくれる。こういう季節の揺らぎを実にセンス良く捉えた作品だと思いました。感覚的な部分だけを書きましたが、歴史背景や扱われていることのテーマなども、語るべき点は沢山あります。短い作品なのですが、描写は軽やかであり、密度は濃い。そんな感じです。好きだなあ。