テラビシアにかける橋

BRIDGE TO TERABITHIA.

出 版 社: 偕成社

著     者: キャサリン・パターソン

翻 訳 者: 岡本浜江

発 行 年: 1981年01月


テラビシアにかける橋  紹介と感想 >
名作として知られている本書ですが、ずっと読み損ねていて、今回初めて読みました。で、かなりビックリしたというのが、率直な感想です。こういう展開になる予見がなくて、ただ驚きました。それはともかくとして、後の時代の児童文学作品やYAの原風景がここにある、という気もしました。ベタで塗りつぶさず、繊細な心の色合いを淡色のまま感じとらせる表現には息を呑みます。学校や家庭で、なんとなくくすぶっている少年と、少し変わった女の子が出会います。女の子の個性は際立っていて、学校から浮き上がっている存在。彼女は「何故か」少年に好意を寄せてくれます。ほかの人には凡庸に見えるけれど、彼女だけは少年の良さを見抜いているからです。少年は自分自身を持てあましていて、自尊心がある反面、自信がありません。臆病な少年の小心に比べて、彼女の心は大胆で、深遠で、聡明で、澄み渡っている。でも学校という場所は、なかなか、そうした異分子を受け入れないのです。自由闊達なスピリットがゆるされない世界の中で、少年は最後まで少女の友だちでいられるのか。なんてアウトラインを抜き書きすると、思い当たる作品がいくつもあるのではないかと思います。あの大切な人を思いかえして、胸に覚える痛みを懐かしむ。この物語に登場するレスリーという女の子もまた、永遠にあの輝ける時間と共にいます。これは、主人公の少年の視線の先にいた、いつか見た少女の思い出です。やはり名作は、次世代に語り継いでいかなくてはと、渡されたバトンを握り締めながら考えています。

都会を離れて、自然豊かな農村に、あえて越してきたレスリーの両親の価値観。お金や成功などの俗世の価値に依らず、自分たちの価値体系を再評価したい、なんて考えるような、職業作家でインテリジェンスあふれる両親に育てられたレスリーが、凡庸な性格であるはずがなく、そんな子が保守的な田舎の学校に転校してくるとなれば、一波乱あるものです。男の子のような短い髪とちょんぎったジーンズ。着飾ることをせず、家にはテレビもない、なんて俗気の無さは、逆に、彼女を特異な存在に見せてしまいます。その俊足は、ジェシーの誇りでもあった「かけっこで一番速い」という場所も奪いとるほど。秀でた感性や資質を持ったレスリーですが、この学校では冷ややかに迎えられることになります。レスリーと家が近所のために口を利くようなったジェシーもまた、内に秘めた思いを抱えた少年でした。四人の姉妹に挟まれて育ち、家では唯一の男の子で、その気持ちはなかなか理解されず、寂しい思いをしています。絵を描くことが好きで、才能もあるけれど、アートへの興味など理解されない環境です。内省しがちで、劣等感を抱きがちな少年の前に、鮮やかな感性を閃かせる女の子が現れて、違う世界観を見せてくれる。そして二人で空想の世界で遊ぶ。川の向こうにある森の中に二人の想像の王国「テラビシア」を作る、というのは『ナルニア国物語』が好きなレスリーのアイデアです。そして、テラビシアの女王であるレスリーによって、ジェシーはここで魔法にかけられたような気分にさせられます。この時間が、永遠につなぎとめられないことに、二人はまだ気づいていません。テラビシアへの「橋」は象徴的な意味合いを持っています。ただ、なんというか、理屈めいたことは言わず、感傷に浸っていたい、そんな読後感なのです。

ジェシーにはやや不可解でアンビバレントなところがあり、そのメンタルはかなり複雑だと感じています。この物語のラストも、それで良いのか?とジェシーに対して思ったところもあります。間違ってはいないけれど、正解とも違う気がするのです。気の迷い、に人間は支配されていて、後になって、そうすべきじゃなかったと思うことが良くあります。こうした人間としてのブレのようなものは、原色の物語では塗りつぶされます。枠線からはみ出して、飛び散った絵の具のような散漫な感情が残されている。それがふと目につくところに、この物語にただならないものを感じているです。これを、心の綾、と表現すると美しいのですが、心のノイズなのかも知れません。ジェシーは自分の父親に妙に気を回したり、ちょっとおもねるような態度をとることがあります。一方で、レスリーの父親の、娘に対するリベラルな態度に違和感や反感を抱いたりもします。「流行の逆流地点」だという保守的な田舎の村に育った少年は、自由を求めながらも、ありきたりな良識に拘束されている。価値観の相克や揺らぎのようなものを、子どもがどう捉えているのかが活写されている作品です。読者としての自分が惑ってしまったのは、ジェシーが妙に大人びた感受性を持ちながら、子どもめいた衝動にも支配されている、その振幅です。ただ、それこそが子どもであり、人間であるのかと。混沌としたジェシーの心の世界はレスリーによって「主知化」され、成長したのか。ともかくも、心の動き、がよく活写されており、ジェシーに兆した変化をつぶさに見ることができるのが興味深いところです。理知的な刺激が個人的には大きかったのですが、もっと感傷的に浸るべき作品かな、とも思います。人を悼む、とはどういうことか、などと考えつつ。