ネコばあさんの家に魔女が来た

出 版 社: KADOKAWA

著     者: 赤坂パトリシア

発 行 年: 2020年04月

ネコばあさんの家に魔女が来た  紹介と感想>

イギリスの料理は美味しくないという先入観は、いつ自分に植えつけられたものなのかと考えていました。行ったこともないのに、そんな思い込みがあるのは、様々な風評の影響で、それが定説であるとさえ思っていました。実際はどうなのか。イギリスではマクドナルドも美味しくないなんて、そこまで行くと風評被害の域ですね。ベストセラーになった林望さんの『イギリスはおいしい』もそうした定説を踏まえてのあえてのタイトルのように思っていたし、BBC製作のドラマ『シャーロック』は豆の缶詰ばかり食べている印象しかなかったりするのも、やっぱり僕の偏見なのか。ところで、この物語ではイギリスから来た大学生、ニワトコ青年が主人公の十六歳の女の子ユキノに英国流の料理をふるまいます。で、これがどれも美味しそうなのです。豪華な料理ではなく、ごく素朴なものばかりです。自家製ベーコンもジンジャーエールも素材そのままといった感じです。亜流のイギリス風日本料理はともかくとして、イングリッシュ・ブレックファーストの流儀はなかなかのもので、贅沢ではないけれど、豊かだなと思わされます。工夫を凝らして丁寧に暮らすことを礼賛するのは、家庭料理至上主義の暗黒面にも抵触しそうで微妙な現在ですが、楽しく生きる方法ではないかと思うのです。そんなイギリスからきた自称、魔女、ニワトコ青年の、普段使いの魔法が、不登校を続ける高校生ユキノに変化を兆していく物語です。

名門高校に入学したのに学校にいけなくなってしまったユキノは、何もすることがないまま無為に毎日を過ごしていました。学校に行くと具合が悪くなってしまうので、不登校を続けざるを得ない、とはいえ、そんな自分の状態をなんとかしなければという焦燥も募ってきていました。そんな時、弟から「ネコばあさんの家に魔女がきた」という意味不明な話を聞き、母親からも促され、カウンセリングでの話題作りにと様子を見に行くことにします。ご近所のネコばあさんこと、上田キワコさんは七十歳を越える女性ですが、その家の玄関には「まじょ はじめました」の貼り紙があり、さらにはマジョと名乗る青年が、ユキノを迎えてくれます。キワコさんの家にホームステイをしている、このニワトコ・スティーブンと名乗る青年は、見た目は全くの日本人でありながら、生まれも育ちも国籍もイギリスである生粋のイギリス人。父親は日本人であるため、日本語に不自由はないものの、母語ではないため、どこかズレた話し方をします。はじめての日本で勝手がわからないまま、イギリスで作っていたという父親直伝の日本料理を作ってくれるのですが、これが一風変わったものばかり。そもそもなんでマジョなのかもユキノにはわかりません。このニワトコ青年との交流が、追いつめられていた、ユキノの心を解きほぐしていきます。父親を亡くして、その面影を求めて、日本にやってきたニワトコ青年。親子の繋がりということでは、ユキノもまた母親に対して複雑な気持ちを抱いている子でした。過干渉でなんでも自分の思った通りにユキノにお仕着せてしまう母親。着る服も学校も決めてしまうのは、それがユキノのためを思っての愛情であるから厄介です。母親の操り人形のような自分は、ラフな話し方もできず、学校でも浮き上がってしまう。なんとか自由になりたいと思うものの、良かれと思っている母親の拘束からは逃れられません。この閉塞した日々を、ユキノはマジョからもらった力で突破していきます。母親と娘の難しい関係は、YA作品では頻出するテーマです。物別れになっても大丈夫、というのが、このところのトレンドですが、本作は折り合いがつく方向へと舵が切られます。それもまたマジョの魔法の効果なのかも知れません。

さて、ニワトコ青年がマジョである、とはどういうことか。これはイギリスでウィッカと呼ばれる信仰のことなのです。つまり、魔女宗の信者が、魔女なのです。これは古代の多神教に端を発したもので、20世紀の中葉に新たなムーブメントを迎えた新興宗教であるようです。独自の信条を持つ人たちのサークルであり、コブンと呼ばれる集会や儀式を行います。キワコさんも魔女であり、日本にいる同じ信仰の人たちに呼びかけるために、ニワトコ青年は貼り紙をしていたのです。彼が主催するコブンには、また変わった大人が集まってきます。リリさんは外国人のような外見でありながら、日本で生まれ育っているのに、外国人扱いしかされないという女性です。彼女もまた人の先入観や思い込みで傷つけられた思いを語ります。ごく狭い半径で生きてきた、ユキノは違う世界の人たちと出会い、考えを深め、これからの自分が進む道を模索します。そして、勇気をふるい、母親や父親をちゃんと説得し、自分の意見を聞き入れてもらおうとするのです。近づくだけではなく、距離をおくという愛し方もある。もがきながらもユキノが自分のスタイルを見出していく姿を応援したくなる物語です。実際、迷走しはじめると、普通に立ち戻るには、それなりのキッカケが必要となるものですね。自分もメンタルダウンして、しばらく会社に行けなかったことがあるので、復帰することのハードルの高さを思います。軌道を外れてしまった心は、どうすれば、新しいルートを見つけられるのか。バランスを崩した危うい心を整える方法ついて、この物語は心地良く、何も押しつけることもないまま示してくれます。この物語、ネコばあさんこと上田キワコさんが、かつて猫の多頭飼育崩壊を起こしそうになっていたことに触れられ、心の迷妄状態にあったことが暗示されています。彼女が心の軌道を取り戻したのも信仰の力なのか。とはいえ、魔女宗の本義に触れられないのがやや消化不良ではあるかな。山崎マキコさんを瀬尾まいこ寄りにしたような、キレの良いユーモアと温かさがある楽しい作風でした。ところで、その昔『ネコノマニア ネコノトピア』という単発ドラマがあったのを覚えている方がいるかどうか。やはり不登校の女子高生と多頭飼育との「猫ばあさん」の交流を描くストーリーで(それ以外は違うのだけれど)、ふと懐かしく思い出しておりました。