ヤンネ、ぼくの友だち

Janne,min van.

出 版 社: 徳間書店

著     者: ペーテル・ポール

翻 訳 者: ただのただお

発 行 年: 1997年12月

ヤンネ、ぼくの友だち  紹介と感想>

1954年。スウェーデンのストックホルム市。十二歳の少年クリッレが初めてヤンネと会ったのは、その年の8月の終わり。自分で組み立てたという手のかかった自転車に乗り、さっそうと現れたヤンネ。燃え上がる赤い髪をなびかせ、女の子みたいな華奢な体と顔をした、そばかすだらけで「長くつ下のピッピ」が生きた人間になったような小柄な男の子でした。その自転車を操るテクニックに、クリッレと地元の仲間たちも圧倒されます。新たに仲間に加わったよそ者ながら、ヤンネは次第に少年たちの心を掴んでいきます。その素晴らしい自転車さばきは、恐れを知らない度胸に裏打ちされたもの。自転車を修理する技術にも長けていて、仲間たちの自転車を講釈しながら調整することだって思いのまま。軽口を叩きあい、怒らせれば烈火のごとく、殴りあいも厭わない。一方で、これまでにない遊びを持ち込んで、少年たちを夢中にさせたりと、ヤンネは欠けがえのない仲間になっていきます。ヤンネの公案した点数ゲームで、ヤンネを驚かせて良い点をもらいたいと躍起になったり、皆んなが関心を寄せずにはいられない、ヒーローであり、アイドルでもあるヤンネ。そんなヤンネが、特に親しい友人として選んでくれたことに、クリッレは舞い上がり、そしてヤンネに夢中になっていくのです。親しくなりながらも、苗字さえ教えようとしない秘密ばかりのヤンネ。どこかからかやってきて、しばらくいなくなってはまた現れる。家族がいるのさえわからない不思議な子。クリッレの心を翻弄するヤンネは、一体、何者なのか。その正体にクリッレが近づいていく現在と、過去のヤンネとの蜜月が同時並行で描かれる、この物語世界に魅了されます。

社会の光と影は、やがて子どもたちをも分かつものです。地元の労働者階級の子たちを遊び仲間にしながらも、クリッレは行政事務官の父親を持つ、良い家庭の子どもです。やんちゃな遊びをしながらも名門校であるラテン学校に入学した優秀な子。なんでもカードに書き留め、計算分析する、統計やリストが好きなクリッレ年鑑(カタログ)と仇名される理知的な性格。恐らくは、将来 大学に進学し、遊び仲間たちと違う将来がクリッレには待っているはずです。新たに仲間に加わったヤンネの存在は、クリッレと仲間たちを繋ぐ存在にもなります。別の少年グループとの諍いをヤンネは一人で受けてたち、賭けをして、急な階段を自転車で駆け降りたり、落ちたら命のない橋の欄干を立って渡って見せたり、ヤンネは絶妙なバランス感覚で無謀なマネを平然とやってのけ、その度胸を見せつけ、皆んなを熱狂させます。その粋な物言いや、鼻っ柱の強さと不思議なピュアさ。クリッレの家にも遊びにくるようになったヤンネは、家族にも歓待されます。しかし、ヤンネが明かそうとしない影の部分が、次第にクリッレの心を苛みます。貧しい地域に住んでいて、両親もいないらしい。突然に行方をくらまし、時には顔にもひどいあざを作って現れるヤンネは、一体、どんな暮らしをしているのか。光の中にいる少年、クリッレは、ヤンネの住む本当の世界を想像もできないまま、何も打ち明けないヤンネに、ただ思いを募らせ、ヤンネに無茶をするなといいながr、その危うさにも惹かれているのです。物語は、クリッレの前に刑事が現れ、消息を絶っていたヤンネについて何か有事を匂わせる場面から進行していきます。ヤンネの安否を気遣いながら、回想のヤンネに焦がれるクリッレ。ヤンネの生きていた本当の世界の現実に、クリッレをたどり着かせようとする物語は、終局に向けて加速し、次第に緊張感を増していきます。

クリッレの両親は早い段階でヤンネの正体に気づいています。ヤンネを歓待し、優しく遇するのも、彼らが慈悲と良識のある立派な大人たちだからです。クリッレのような子どもにはまだ知らない社会の坩堝があり、そこでは、子どもが搾取される、影よりも深い闇が広がっています。ヤンネを追いかけることで、ふいにクリッレが覗きこんでしまいそうになる、世界の深淵。そして世界の闇は、すぐそばにあるのです。学校で、公正ではない大人もいることを、クリッレもまた学んでいきます。昼間の明るい光のさす世界にいる少年も、やがて大人になっていくのです。ただ、ヤンネは、そうした世界をクリッレには見せたくはなかったのではないのか。お坊っちゃん育ちのクリッレを時にうらやむような言葉を口にすることもあるヤンネ。どこか呆れたようにクリッレをからかいながらも、ヤンネの心の中はどんな気持ちが渦巻いていたのか。ヤンネが、普通の少年のフリをした何か別の存在であることは予見された通りですが、クリッレが思い浮かべるSFやファンタジーのような異世界からやってきたわけではないのです。同じリアルの延長線上にある場所には、闇が潜んでいる。1954年の薄暮時、モノクロ映画の風景に、町にやってくる怪しげなサーカス団の極彩色の映像がカットインするような、鮮烈な印象を与えられる物語です。読み終えて、何度も過去の時間を巻き戻して、ヤンネの口にした言葉を、その素振りを、その想いを振り返りたくなる蟲惑的な物語です。