出 版 社: 鈴木出版 著 者: カービー・ラーソン 翻 訳 者: 杉田七重 発 行 年: 2011年07月 |
< ハティのはてしない空 紹介と感想 >
「根なし草ハティ」とハティが自分のことをそう呼ぶのは、鉱山労働者だった父と母を幼い頃に亡くし、遠い親戚の家を渡り歩きながら育ったからです。五、六歳の頃には、もう自分の面倒を自分で見てきたハティ。十六歳の彼女は学校の卒業を待たずに、暮らしていた遠縁の親戚の家から、下宿屋の下働きに出されようとしていました。そんな彼女の運命を変えたのは、モンタナ州から届いた一通の手紙です。それはハティが会ったこともなかった伯父の遺産を相続したという知らせでした。モンタナ州の四十エーカーの広大な土地。ただそれは、ハティが自ら四百八十本の杭を打ち、開墾してこそ、はじめて手に入れられるものでした。つまりハティは入植者になれる権利を伯父から引き継ぎ、しかも、開墾を完了しなければならない期限があと十ヶ月しかないという状況だったのです。ハティは一人、モンタナに根を下ろし、この困難な挑戦を始めます。1918年。アメリカは第一次世界大戦に派兵し、戦争はこの田舎町にも大きな影を落としていました。そんな時代の趨勢の中で、十六歳の女の子は、たった一人でどう奮闘したのか。無論、一人ではなかったのだと、振り返ってハティは思うことになります。沢山の困難に会い、胸の潰れるような思いをしながらも、ハティはこの場所で輝ける日々を過ごしていきます。
色々なことが起きます。期待を胸に抱いて入植したハティは、数々の苦い思いを経験することになります。彼女が目にするものは、差別や理不尽な暴力、または、あくまでも冷徹な利害関係。時には人間の力ではどうにもならない災害や災厄にも巻き込まれます。奇跡が起こることを主人公を応援する読者としては期待してしまうものですが、田舎の農場を舞台にしても、けっして牧歌的にはなり得ないこの物語は、重い成り行きを読者に見せつけていきます。それでも、失われない輝きがここにあります。ハティが感じる歓びと、失われない希望。時にそれは、人のささやかな好意によって、もたらされます。十六歳の女の子が見せつけられた現実は厳しいものでしたが、ハティの心の弾力がそれを吸収していく「生きる力」にも胸を打たれます。結果的に言えば、上手くはいかない物語です。失われたものは取り返すことができない。ただ、人生の本質的な意味での成功とは何かと、ハティの輝ける日々を見ながら考えます。この物語をどう受け止めるか。それは読者にも問われるところかと思います。人生は上手くいかない。だが、悪いことばかりでもない。読者もまた、自分で自分の心を弾ませていく、そんな生きる力を思い出させられる作品かと思います。
二十世紀前葉のアメリカを子ども目線で描いた作品には多くの傑作があります。本書もまた時代の空気が濃厚に詰め込まれた作品です。ハティは好意を寄せている友人であるチャーリーに多くの手紙を書き綴ります。チャーリーは今、従軍してヨーロッパの戦線にいます。彼もまた、戦況を伝える(検閲だらけの)手紙をハティに送ってきます。ハティが遠縁のおじに送ったモンタナでの生活を綴った手紙は、やがて若い入植者の手記として新聞に連載されるようになり、その原稿料がささやかにハティの生活を支えていきます。時代の荒波の中で、一人の十六歳の女の子が、どう心を動かし、世界を感じとっていたのか。書簡や記事を通して読ませていく。そんなインサートも、この物語の魅力です。今から百年前の世界を新しい児童文学の視点で描く良作です。