パンツプロジェクト

THE PANTS PROJECT.

出 版 社: あすなろ書房

著     者: キャット・クラーク

翻 訳 者: 三辺律子

発 行 年: 2017年10月


パンツプロジェクト  紹介と感想 >
決められたものであっても、自分らしくない服は着ない。たとえそれが、どんなに素敵なドレスでも。これはなかなかカッコいい生き方ですが、自分を曲げないスタイルを貫くことは、周囲との軋轢を生みます。社会のルールを飛び越えること自体を心良く思わない人たちがいます。また、自由な価値観で生きようとする人間への拒絶反応もあります。物語は概して、良識に頑なにしばられている人間を仮想敵にします。そして、主人公は紆余曲折の末に勝利し、ここに読書のカタルシスが生まれます。この物語では多数派や良識派がヒールぶりを存分に発揮しています。クラスの人気者の女子は、主人公のリヴにことあるごとに意地悪をします。頭の硬い独善的な校長はリヴの意見に耳を貸そうともしません。そうした学校のメインストリームにいる人たちが、マイノリティであるリヴに(あえて古い言い回しを使えば)「ギャフン」と言わされる痛快なお話です。読書は「弱者の糧」かも知れず、それはそれで溜飲を下げてくれますが、マイノリティ視点で描かれる児童文学スタイルが際立ったがゆえに、多数派の人たちの心情が語られないまま逆照射された気もします(意地悪に見える側の正当性や言い分も、はっきりと聞いてみたいと思うのですが)。とはいえ、家族の愛情や友だちの友情に勇気づけられた主人公が困難に打ち勝つ姿には、やはり、ぐっときてしまうのですよ。

中学校に進学したリヴの心を悩ませているのは、厳格な服装規定です。女子は膝丈の黒のプリーツスカートを履かなければならない、というルールが、どうしてもリヴには我慢できません。誰にも打ち明けたことはないけれど、リヴは自分をトランスジェンダーだと思っています。身体は女の子だけれど、心は男の子であると。だからスカートを履く自分に違和感しか感じられないのです。そして、この中学校にジェイドという女の子がいたこともリヴにとっての不幸でした。クラスの人気者で力のある彼女に嫌われたイヴ。授業のスピーチで自分の家族の話をしたイヴは、お父さんはおらず、お母さんが二人いる、ということを、むしろ誇らしく話したのです。そんなリヴの心を打ち砕いたのは、そんな家族は「気持ち悪い」というジェイドの率直な感想です。ことあるごとにリヴに意地悪な態度をとるようになったジェイド。唯一の親友だったメイジーまでもが、ジェイドのグループに入ってしまい、裏切られたことにリヴは傷つきます。そんなリヴを支えてくれたのがジェイコブでした。学校でも一目を置かれている人気のある男子で、ユーモアがあり、漫画が得意。リヴを励まし、ジェイドにも決しておもねらない態度をとるジェイコブに、リヴは好感を抱きます。ジェイドの意地悪に屈せず、学校で自分の足場を固めようとするリヴには、まず憎っくきスカートをなんとかする必要がありました。校長先生への直談判や、署名運動が功を奏さなくても、それでもリヴは諦めません。ジェイコブをはじめとした仲間たちの力を借りて、イヴが旧弊に立ち向かう計画が「パンツプロジェクト」。果たしてイヴはスカートから解放されるのでしょうか。

他人の視線を意識してしまったがために、自分らしく行動することができなくなることは、良くあります。リヴが嘘をついて「母親たち」が学校の保護者会にこないように仕向けたのは、二人が好奇の目にさらされて傷つくことを恐れたからです。リヴは人目を気にして、やはりジェイドにイジメられているメルツァーに冷たい態度をとってしまいました。リヴもまた、他の子たちと同じように、流されてしまう心の隙があるのです。そこを深く反省して、イヴは次のターンへと進みます。自分らしく、と簡単に言うものの、実のところ、自分らしさ、なんてものは、まだ中学生ぐらいでは固まっているものではないと 思います。自分らしさは一生かけて培っていくものです。自分らしく生きるために、損をすることも往々にしてあります。「大切にしているもの」が違う人たちと一緒に生きていくのが社会であり、少数派になった場合、相応の覚悟が必要です。自分の「大切にしているもの」が傷つけられた時、どう立ち向かうべきか。ここでキレずに、社会性をもって戦うことも求められます。難しいですね。ただ「自分にとって」の豊かな生き方を選択するとは、そういうことなのです。色々な点で、現代的なものを取り入れた児童文学であるかと思います。性的なマイノリティの位置付けやコミュニケーションの進化など、社会的な変遷を感じます。一方で善悪の構図が一元的で、ここは昔ながらの物語で、まあ、だからこそ単純に楽しめるところもあり、描かれない余白に思いを寄せるのも楽しいかなと。ところで「パンツ」とは「ズボン」のことです。スパゲティはパスタであり、ジーンズはデニムであり、ビールスはウィルスです。とはいえ、パンツと言われると、意表をつかれてしまうのは相変わらずですね。