出 版 社: 理論社 著 者: 大海赫 発 行 年: 1974年 |
< ビビを見た! 紹介と感想>
生まれつき目の見えない少年に与えられた「見る」ことができるわずかな時間。あらかじめ失われていた「視界」を気まぐれに与えられた少年は、戸惑いながらもこの好機を受け止めて、自分が見たいものを探しにいきます。やがて終わりの時間がきて、再び、閉じられてしまう視覚。しかし、少年はこのわずかな時間に、あの「美しいもの」を見つめられたことに満足します。それを記憶に焼きつけられたのだから、再び闇の中で暮らしたとしても心残りはない。もう余計なものを見る必要はない。目が見える人間が無限にあるかのように錯覚している「見える時間」に、何かを「見よう」と積極的に努力しているのか。今日、一日、視界に入ってきた、光と色の洪水の中に「見るべき」ものがあったのか。少年を哀れむのは誤りです。彼は与えられた時間を最大限に生かすことができたのです。よどんだ視線で世界を見ても、何も目には映らない。感受性が死んでいたら、美を見極めることができない。その時、視力はただの便利な「道具」にしかすぎない。少年が視力を与えられ、再び奪われる、悲しみの物語ではなく、有限の時間をおおいに活かしきる、感激で心を満たされる美しい物語です。奇抜な着想のストーリーと、あまりにも印象的な挿画のハーモニー(文、画ともに奇才、大海赫さんによるものです)。1974年に理論社から刊行され絶版になっていた、この本に、もう一度読みたいという復刊希望が復刊ドットコムに集まり、復刊されたのが2004年でした。多くの人たちの記憶に深く刻まれていた物語の輝ける復活でした(遠い目)。
ある日、目の見えない少年、ホタルに不思議な声が聞こえ、「おまえに七時間だけ、その目をあけて、面白いものを見せてやろう!」と唐突に宣言されます。午後0時。ホタルの目は見ひらかれ、光がその目に飛び込んできました。しかし、ホタルの目が見えるようになったと同時にホタルが住むニジノ市の全市民の目が見えなくなり、パニックが始まります。お母さんの手をとり、目の目えない人たちを押し分け逃げるホタルは、乗り込んだ特急コガラシ号で、ツバキの芽のような色をした一人の少女に出会います。触覚があり、羽が生えている裸の少女。ホタルはその名前のない少女に、羽を振るわせるその音から「ビビ」と名づけます。やがて、鎖を引きずった巨大な怪物のような大男がニジノ市を壊滅状態にしながら特急に向かって突進してきます。大男はビビの姿を求めて、ニジノ市までやってきたのです。ビビをさしだせば、このパニックから解放される。でも、そんなことはできません。ホタルはビビを逃がす方法を模索します。果たして、この大男は何者で、ビビとどんな関係があるのか。ホタルの「視界」は、あと一時間で終わろうとしていました。この状況で、ホタルは本当に見たいものを見ることはできるのでしょうか。
荒唐無稽なお話ですが、一本の線が物語を貫き、終局に向けて引かれています。それはホタルの光の世界の終わりであり、暗闇の再開です。最後の時間、ビビはホタルに、彼が見たかったものを、沢山、見せてくれました。残された数秒で、ホタルは自分が見ていたかったものは何かに気づきます。そして、最後の視力を振りしぼり、その美しさを心に刻みつけます。やがて、ホタルの世界は暗転し、すべてのものが消え去り、同時に他の人たちの視力が回復するのです。それでも、ホタルは悔やむことはありません。世界で一番、美しいものを見たホタルは、不幸ではないのだから。どんなに美しい絵画を見ても、妙なる音楽を聴いても、沢山の本を読んでも、何も感じとることができなければ意味はありません。ただの元素の集まりを把握しているだけです。人生の有限性にいち早く絶望すること。そして、その絶望から立ち直り、与えられた猶予期間である人生で、本当に見るべきものを見て、読むべきものを読む。そして、素晴らしいものがこの世にはあるのだと感じること。まずは、この本を手にとってください。心を奪い、胸を貫くような物語がここにあります。