ピカピカのぎろちょん

出 版 社: あかね書房

著     者: 佐野美津男

発 行 年: 1968年

※復刊版は2006年復刊ドットコムより刊行

ピカピカのぎろちょん  紹介と感想>

子どもの頃に読んだような記憶があるけれど、あれは、夢の中で読んだ本だったんじゃないのか。本当にあの本は存在したのかと思われている方も多いと言われる幻の一冊。それが、この『ピカピカのぎろちょん』です。1968年に、あかね書房から発行された本ですが、長い間の絶版状態から目覚め、2005年に復刊ドットコムへの復刊投票から復刊されました。何故、幻の本のように思われてしまうのか。それは、あまりにもこの物語が不条理な感覚に満ち溢れていて、子ども心を震撼させ、不安にさせるような要素を沢山持っているからです。簡単に物語を要約してみましょう(タイトルは覚えていなくても、あ、あの本だ!と思い出される方もいるかも知れません)。

主人公の「アタイ」は小学生の女の子。ある朝、日課になっている「ハト数え」に役所前の、ふん水広場にいこうとしたところ、おまわりさんに途中でとめられてしまいます。ふん水広場に通じる歩道橋が封鎖されているのです。数日前からハトの数が少なくなっていることに異変を感じていたアタイ。今日は、国道を通る車の数もいつもよりずっと少ないし、新聞も配達されません。教育委員会の宣伝自動車が「きょうは学校はお休みです」とスピーカーで告知して走り去り、テレビも映らないのです。これはなにか「きけん」なことがおきているに違いない。家に帰ったアタイは、おとうさんに理由を聞きます。よくわからないまま、近所に調べにいったおとうさんは『ピロピロだそうだ』『世の中が変わるのさ』と言うのです。ピロピロとはなにか、おとうさんや、おかあさんも答えてはくれません。それでも、ハトがいなくなったことの『はん人はピロピロ』だったことにアタイは納得します。商店街では大人たちの手によってバリケードが築かれ、ピロピロに備えている様子です。アタイの仲間たちも、ピロピロの話題でもちきりでした。『ピロピロっていうのは、世の中がかわることなのよ』と得意げに言うアタイ。でも、だれも本当のことはわかりません。そのうち『ふん水広場でピロピロがはじまった。』という噂が伝わってきます。続いて「ふん水広場にギロチン(首切り機械)ができている」という情報。さらには、ピロピロと他の町からおしかけてきた反ピロピロが戦いをはじめたというのです。アタイたちはピロピロ、そして、ギロチンを一目見たいとチャンスをうかがっています。ついに、電信柱をのぼり商店街のアーケードの上を渡って、国道の側まで進み、ふん水広場を遠くに見たアタイたち。そこには、いちょうの木が倒され、いかにも急ごしらえのようなギロチンが設置されていたのです。この町はいったい、どうなってしまったのでしょうか。 

大人たちが、必死に抗戦したり、関係ないという態度をとったり、物見高く噂される「ピロピロ」というもの。その実体がなんなのかわからないまま興味をいだく子どもたち。なんらかの勢力(集団)が起こしている異常事態で、町が封鎖されてしまっていながらも、なにも説明を与えられない。やがて、アタイたちは一目見たギロチンを、小さなスケールで再現したおもちゃ『ぎろちょん』を組み立てます。そして、いろいろな野菜を持ち寄っては、ぎろちょんで真っ二つにしていきます。一番、憎らしい相手のことを思いうかべながら、すとん!すとん!と野菜の頭をはねていく。アタイの仲間の子どもたちは、それぞれ鬱屈したものを抱えています。肥満児であることをいやがっているゴン、とちく場に父親がつとめていることにコンプレックスのある、ヤキブタ。足が不自由なキンヤ、親がひき逃げされたピアノ。この他にも「ひとりっ子」や「親がともかせぎ」という子どもたちがいるのですが、彼らがマイノリティとして描かれているのは時代感覚です。それぞれ、内なる怒りを持った子どもたちが、憎らしい人を考え出しては、すとん!とやってしまう。「禁じられた遊び」のような高揚感。超然とした存在のアタイは、みんなを煽りながらも、実のところ、憎らしい人間がおらず、ただ騒ぎに乗じて楽しんでリーダーぶっている興味本位なだけの子どもです。いつの間にかアタイは、なかなか終わらない、このピロピロの状態を楽しんでいました。やがて、迎えたピロピロの終焉。他の子どもたちが平常な心に戻ると、アタイの心には、逆に、ちょっとした闇が生れます。子どもたちの微妙に屈折した心理が、一見、シュールに思えるこの物語の中に息づいていることに、今回、再読して気づきました。「わけがわからない」から面白いというだけでなく、ある閉鎖的状況や、半端な情報伝達しかされない中で、子どもたちが内包している心の闇の部分があらわになっていくという展開に、この作品の深さが伺えます。ともかく、不思議なストーリー展開と、そのまま復刻された中村宏さんの凄い挿絵(復刊版も、例の地図が健在です)、アタイと弟のマアの軽妙な会話や地の文章も面白く、味があり過ぎる作品です。かつて読んだ方も、初めてこの本を知った方も、現代の視点から、伝説のこの一冊を再検証していただければ幸いです。