ボグ・チャイルド

Bog child.

出 版 社: ゴブリン書房

著     者: シヴォーン・ダウド

翻 訳 者: 千葉茂樹

発 行 年: 2011年01月


ボグ・チャイルド 紹介と感想>
ボグチャイルド。泥炭地(ボグ)に埋まった子ども。ファーガスが泥の湿原で偶然に見つけだしたのは、小さな女の子の死体でした。泥炭による化学変化で腐蝕せず美しく保存されていたその死体は、解析の結果、紀元80年頃、約二千年前のものということが判明しました。首には、しばり首にするための縄がかけられ、両脚が断ち切られたその子は、おそらく飢饉の折に神への生け贄として捧げられたのではないかと推測されました。ファーガスがその子をメルと名付けると、やがて、彼女の身に起きた物語がファーガスの心の中に響きはじめます。時に1981年。ジョンレノンが射殺された翌年。大学入学資格試験を目前に控えたファーガスの心を揺るがすいくつかの事件が同時に発生していきます。進学するために生まれ故郷から旅立とうとする前夜。新しい世界の扉を開く別離の直前。しかし、ファーガスにはまだ、この故郷で向き合うべき現実がありました。ファーガスの日常に、遥か過去のメルの物語が輻輳していく、複雑で味わいのある印象的な物語です。

ファーガスの兄、ジョーはアイルランドの独立運動に関わり刑務所に投獄されていました。そこで仲間たちと一緒に政治的な要求をするためにハンガーストライキを決行します。これは決死の抗議行動であり、時間をかけて緩慢な自殺を試みるものです。ジョーを説得することはかなわず、衰弱してゆく姿を見守らなければならない家族たち。ファーガスの生まれ育った地域は複雑な政治状況下にありました。民族運動が過激化し、テロが横行し、罪のない人たちの理不尽な死が、誰かの大義のためもたらされていました。ファーガスはこの嫌気がさすような悲しい場所と縁を切り、エリートとして新しい未来に旅立とうとしていますが、兄のことを含め、単純に切り捨てられないことがここには残されていました。センシティブで、膨れ上がっていくファーガスの感受性。生け贄にされたメルの物語が語りかけてくるのは、ファーガスの心の中にある整理不能な感情の投影なのです。

献身ということを考えさせられます。また、献身することを運命として受け入れ、進んで死を選んでいくということも。運命の子になること。そして、自分を運命の子として認知すること。自分をとりまく社会と自意識の掛け算が行われて、人は自分の生き方を自分なりに意義のあるものとして受け入れていくものなのかも知れません。フォーガスの兄のジョーも、そしてメルもまた。ファーガスは運命の子はなく、その傍観者です。時代を変革する側ではなく、流れに翻弄される側の一人です。献身者を見守るファーガスの心には何が映っているのか。平凡な少年の心も、時に、等身大の悩みに猛ってしまうことがあります。淡い恋心に揺れたり、突然の衝動に焦がされたり。それは思春期小説の魅力です。ボグチャイルドのいた夏。ありきたりな言い方をするならば、傷みをはらんだ青春の1ページ。いつか思い出す回想の青春の日の物語なのですが、ボグチャイルドという日常からかけ離れた異質なものが登場して、ファーガスの不安定な世界を彩っていくあたりが異色であり、出色でもあります。

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