出 版 社: あすなろ書房 著 者: ワット・キー 翻 訳 者: 橋本恵 発 行 年: 2017年07月 |
< ボトルクリーク絶体絶命 紹介と感想 >
読みたいのは少年の「冒険心」ではなく「疎外感」です。とか言い出すと、偏向した趣味だと言われるかも知れないのですが、人が勇気をふり絞る時、心の弱さや痛みを知っていることが、逆に強さを生むのではと考えています。いや、そうであって欲しいという期待です。内省しがちな十三歳の少年の鬱屈した日常からはじまるこの物語の行き着く場所はどこなのか、非常に興味を惹かれました。きっとこの心の迷走にも突破口が開くのではと希望を抱いたのです。災害の猛威。自分の意思でコントロールできず、ただただ濁流に流されるしかない状況で、少年は大切な人を守るために死力を尽くします。桟橋に係留させたハウスボートに住み、野生のワニやブタのハンティングにきた観光客を案内するリバーガイドを生業にする父親と暮らす少年、コート。父親の仕事を手伝いながらも、気持ちが沈んでしまうのは、普通の子のような暮らしができない自分に失望しているからです。土地や家を持っているわけでもないのに、父祖からの土地を離れたがらない父親。母親は愛想を尽かして出て行ってしまい、コートもまた、この場所を離れたいと思っています。それでも、ここには親しくしてくれる幼馴染のライザとその家族がいました。この頃、自信を失っているコートは、地主の家の娘であるライザとも距離を測りかねていました。しかし、転機は思わぬ形で訪れます。それが自然の猛威となると一筋縄ではいかないものの、物語は一気に動きはじめるのです。
ハリケーンが間近に迫っていました。それだというのに父親はコートを置いて出かけてしまっています。ハウスボートを安全な場所に避難させることもできないまま、暴風雨は次第に強くなっていく。きっかけはライザの妹のフランシーが、コートの飼い犬と一緒にハウスボートごと川に流されてしまったことです。なんとかライザと一緒にハウスボートに追いついたものの、制御不能のまま流されるボートは次第に崩壊していきます。「これからどうするの?」とライザに問われても、無論、コートにも正解はわかりません。氾濫する川を前に、どうやってライザとフランシーを安全な場所に避難させるべきか。コートはこれまで父親から教えてもらった知識を思い出しながら、この難局を乗り切ろうとします。目指すのはネイティブ・アメリカンが築いた土塁、ボトルクリーク遺跡。しかし、待ち受ける敵は、増え続ける水かさだけではなく、凶暴で危険な野生動物もいるのです。コートは果たして、衰弱する二人を守って、安全な場所に導けるのでしょうか。
胸踊るような冒険ではなく、もうウンザリするような脱出劇です。ロマンのかけらもなく、命からがら逃げのびる正味の危険からの逃避行。野生化したブタの獰猛さや、ヘビの毒の危険性など、ディテールが非常に細かく描かれているのも興味深いところです。十三歳の少年は父親への反感を募らせていました。もっと安定した仕事について普通の暮らしをしようとしないことも、出ていった母親に執着し続けることも、こんなハリケーンの日に準備を怠り、家にいないことも。けれど、絶体絶命の窮地に立って考えるのは、腕の良いリバーガイドの父親なら、ここでどうするのか、ということなのです。普通の子どものような学校生活を送りたいという気持ちと、自分もまたリバーガイドになるという将来の可能性に揺れる十三歳ですが、ここはまず安全に逃げて、生き延びなくては。そうこうしているうちにライザは毒ヘビに噛まれます。時間がないのです。少年の葛藤を存分に味わえる物語です。世の中からの疎外感を感じていた主人公が、どう自分と向き合い、そこを越えていくのか。ただのパニック小説ではない児童文学作品ならではの要素が効いています。ところで、台風が来ると「不要不急の外出をするな」と言われているのに「畑の様子を見に行って」事故に遭い亡くなられる方のニュースをよく目にします。何故、そんな時に外に出るのか、と思いはするものの「いてもたってもいられなかった」という気持ちもわかるのです。大切なものを守りたいという気持ちを、そんなニュースにも感じてしまうものですね。