出 版 社: 小学館 著 者: サリー・ガードナー 翻 訳 者: 三辺律子 発 行 年: 2015年05月 |
< マザーランドの月 紹介と感想 >
架空の1959年。純血主義と暴力的な統制により人民を支配する国家マザーランド。その方針に歯向かうものは、公然と消されてしまう恐怖の統治国家。ここマザーランドでは月面への有人ロケット着陸計画が進んでいました。覇を競いあう自由主義国家に先んじて、月面に到達することをテレビ中継しようという国家的戦略ですが、そこには陰謀が渦巻いていました。マザーランドの辺境<ゾーン7>に住む少年スタンディッシュは、両親が政府に粛正され行方不明になってしまい、おじいさんと二人で暮らしていました。非純血でオッドアイ、十五歳なのに読み書きができないスタンディッシュは、劣等な人間であると教師にも軽んじられています。スタンデイッシュが読み書きができないのは、頭が悪いわけではなく、ディスレクシア(学習障がいのひとつである難読症)だったのです。しかし、この世界ではそんな症例が理解されることもなく、彼自身、自分のことを劣等な存在であると思いこまされていました。教師には虐待され、同級生にはいじめられているものの、実は機転が利き、想像力豊かな、頭の良い少年であるスタンディッシュ。そんな彼が、物語の終わりに、この恐ろしい国家体制を覆すために、勇気を奮って一石を投じる役割を果たします。カーネギー受賞他、各国で賞賛された秀逸な作品です。
あり得たかも知れない世界。例えば、第二次世界大戦が別の形で終結していたら、その後の世界はどう変わったか。そうした設定の物語を歴史改変SFと呼びますが、この物語のように恐ろしいディストピアが描かれていくことが良くあります。この世界では国家が個人の尊厳を踏みにじっていくのはもちろんのこと、人々の精神状態もどうかしていて、教師が生徒に過剰な暴力を振るったり、生徒たちもその親も偏向しています。拷問上等で残酷な行為も辞さない国家に監視されている社会では、まともな感性でいることは許されないのです。ここ<ゾーン7>も安息できる場所ではありません。スタンディッシュの隣家に移り住んできたヘクターとその家族も、逃れ逃れてここまできた人たちでした。ヘクターはスタンディッシュの賢さを見抜き、二人は親友になります。ヘクターのおかげで学校生活にも希望を見いだせるようになるスタンディッシュでしたが、実はヘクターの父親は科学者でロケット計画にも関わっていた人物であり、国家に追われていました。やがて一家は忽然と姿を消すことになります。大切な友人のために何ができるのか。ロケット計画に関わる秘密を掴んだスタンディッシュは、おじいさんたちと共に立ち上がり、決死の作戦を敢行します。
自分を卑下しているスタンディッシュが、実は優れた少年であることは、彼を励ます親友ヘクターのみならず、読者にも次第にわかってきます。ディスレクシアの子どもたちを描く海外作品に共通するのは、主人公である彼らが、勉強ができないために学校で先生から軽視され(ないしはそう思い込み)、自分で自分を見下し、自信を失っている状態にあることです。実は、聡明であり、豊かなで繊細な心とバイタリティを持っている彼らに、やがて理解者や協力者があらわれ、励まし、力を貸してくれる展開はパターン通りではあるものの、胸のすくものがあります。理不尽な状況を乗り越えて、描かれる再生の希望。とはいえ、この物語はかなりビターでハードな結末を迎えます。月や火星への着陸計画が実は茶番だった、という物語もまたよく目にするものではあるのですが、少年の勇気が、全ての欺瞞を覆していくラストには胸を打たれるものがあると思いますよ。