マンザナの風にのせて

PAPER WISHES.

出 版 社: 文研出版

著     者: ロイス・セパバーン

翻 訳 者: 若林千鶴

発 行 年: 2018年06月

マンザナの風にのせて  紹介と感想>

第二次世界大戦中の1942年。アメリカで日系人の家族が強制収容されていた日々を少女の視点から描く物語です。第二次世界大戦での日系人を描いた作品は、児童文学に限らず、色々と思い浮かぶところかと思いますが、本書が珍しいのは、作者が日本人、あるいは日系人ではないことです。そのためか日系人としてのアイデンティティについてほぼ言及がないあたりにも特色があります。実際、二世、三世ともなると、アメリカ人として生まれ育ったわけで、日系であるというだけで適性外国人として強制収容されることに理不尽を感じる気持ちが、作者のアメリカ人としての視座から描かれることでのリアリティもあるやも知れません。つまりは、日本人であることにこだわらないワールドスタンダードな哀しみが描かれています。本書は課題図書にも選ばれており、多くの子どもたちに読まれた作品です。現在(2024年)、円高の影響で海外で働く方が稼げるし(相対的に物価は高いとしても)、豊かに暮らせるという選択肢が注目されるようになっています。とはいえ、それを実行に移せるのは少数派であって、日本人が海外に移民をした時代は子どもたちにとって遠いものだろうと思います。当時は、海外に出なければならないほど、日本にいても希望がなかったのか、と考えてしまうのは、自分が保守的だからかも知れませんが、ここには時代による感覚の違いがあるのでしょう。自分が会ったことのない祖父は「一旗あげようとして」、当時、満州に行った人だそうで、そうした気概とは縁遠い自分としては驚くばかりですが、それもまたあの時代ならではかと思います。ちなみに「現代」とは諸説あるようですが、第二次世界大戦以降を示すようです。戦前の人は現代人と括れないようですが、今とは違う時代感覚の中で、今にも通じる子どもの気持ちの震えを感じる物語です。

1942年。ワシントン州インブリッジ島に暮らすマナミは、祖父が日本から渡ってきた日本人移民です。真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争によって、マナミたち日系人は敵国側の人間として扱われるようになりました。島にやってきた兵隊は、日系人をここから疎開させようとします。それは強制立ち退きであり、マナミは家族とともにマンザナにある有刺鉄線に囲まれた刑務所のような収容施設に居住することになりました。マナミはペットである犬のトモと離れがたく、そっとコートに隠して一緒に連れて行こうとしたところを兵隊に見つかり、トモを取り上げられてしまいます。知り合いに預けていくはずだったトモを、マナミは自分の短慮から失うことになってしまったのです。檻に入れられたトモはどうなってしまったのか。トモを大切にしていた祖父は気落ちし、マユミは自分がやってしまったことで自分を責め続けます。やがてそのショックから、トモは声を出せなくなってしまうのです。両親と祖父、大学生だった兄のロンも合流し、この刑務所村での生活が始まります。学校も始まり、マナミも通うようになりますが、相変わらず声を出すことはできないまま、トモを失ってしまったことへの失意に沈んだままです。何枚もの紙に願いを書きマンザナの風に飛ばすマナミですが、その願いはトモに届くはずもありせん。学校に通い、畑仕事を手伝い、トモがここにやってきてくれるのを待つ。拘束された村の中の中の自由のない生活は不穏な空気を生み、暴動にも発展し、兄のロンもまた事件に巻き込まれます。家族のことやトモのことに気を病むマナミのことを家族も心配しています。それでも少しずつマナミの心は動き出していきます。マナミが生きる勇気を養い、その声を取り戻すまで、物語は静かに時を刻みます。

ペットの動物を可哀想な目に合わせてしまったことへの自責の念については、自分も思いあたるところがあります。動物は無力であり守ってあげなければと思いながらも、自分の迂闊さが原因でうまくいかなかったことが思い起こされるのです。色々な事情はあります。戦争中なんて不可抗力の連続でしょうから、仕方がなかった、という心の言い訳も出来そうな気がするものの、自分のせいで、となれば、当事者としては「声を失う」ほどの失意を感じるものなのかもしれません。この物語の中の限られた時間では、マユミはトモに再会することはできません。奇跡が起きてハッピーエンドを迎えることを、読者としても期待するところですが、状況を考えても難しいことであり、ごく現実的な帰結を迎えます。となれば、失意は失意のままで、失われた声もまた戻ってこないのかといえば、そうではありません。これもまた家族との別れを乗り越える物語の常套ですが、静かに時間をかけて心が回復するのを待つしかないものかと思います。失意に耐えるしかない時間ですが、無理に顔を上げる必要も、前を見る必要もないのです。誰かを想い、祈る気持ちを物語は繋ぎ止めます。主人公も家族も不幸な状況に置かれています。自分たちがアメリカに暮らす日系人であるがゆえに巻き込まれたことであり、憎むべきは戦争です。小さな悲しみの声を胸に刻まなくてはならないのです。声を失うことで、少女が心の痛みを緩和したのだとすれば、それもまた労しいことです。切々とした情感に、どうにも耐えがたい作品です。それでも、生きていくために、人はささやかに勇気をふるうのです。その勇気がマナミに声を取り戻させます。この物語の先に描ける希望もまたあるのだと、自分を鼓舞しています。耐えねば。