ルイジアナの青い空

My Louisiana sky.

出 版 社: 白水社 

著     者: キンバリー・ウィリス・ホルト

翻 訳 者: 河野万里子

発 行 年: 2007年09月


ルイジアナの青い空  紹介と感想 > 
自分の家庭のことについて、あまり人に知られたくないと思うようなことがありますか。どんな人にも、ひとつやふたつはあるのではないかなと思うのです。知られると恥ずかしいこと。恥ずかしい、という感情は、やっぱり自分で、それを恥じてしまっているからなのか。例えば、ちょっと「普通」とは違った家族がいること。自分は大好きな人たちなのだけれど、他の人たちからは理解してもらいにくい。客観的なものの見方ができるようになってくると、なかなか自分の主観だけの世界観を押し通すことが難しくなってくるものかも知れません。自分が好きならそれでいいじゃん、なのに。子どもは、いつ「社会」と遭遇して、そのフィルターを通して、自分を取り巻く世界を見るようになるのでしょうか。お仕着せの色眼鏡をかけて自分自身を見る必要はないのに。なかなか難しいものですね。この作品の主人公、十二歳の女の子、タイガーは自分の両親を「ゆっくり」な人たちと思っています。でも、世の中の人たちは「ちえおくれ」と呼びます。子どものような感性で生きている、愛情深く、感情豊かで、そして、やはりちょっと困ってしまうような両親。一途だけれど、頑なで融通が利かず、心の制御ができない人たち。オールAの優等生で、野球が得意なタイガーは、いつの間にか、両親を見守る立場になっていました。でも、そんなタイガーも、まっすぐな気持ちだけではいられなくて、複雑なもの思いに捉われるようになるのです。ふたつの自分のあいだで揺れる気持ち。両親と、賢明なおばあちゃんと一緒に田舎町で暮らしているタイガーが経験する心の成長。考え深く誠実な少女、タイガーの揺れる心に触れる読書は、ちょっとした痛みを感じながらも、背筋の伸びた心地良さを味わえる時間を運んでくれます。

1957年。ルイジアナ州の田舎町、セイター。タイガーはここで育ち、十二歳になりました。とうさんとかあさんは、普通の人とはちょっと違っていて、「ちえおくれ」と呼ばれる人たちだけれど、明るくて、優しくて、誠実で、タイガーに沢山の愛情を注いでくれます。そして、タイガーの家族には、おばあちゃんがいました。ズバリと厳しいことも言うけれど、真芯を捉えた言葉で、迷いがちなタイガーの心を淀みからすくいあげてくれるおばあちゃん。かあさんの妹のドリー・ケイおばさんは、都会でバリバリと働いていて、時折、この家を訪ねてくれる。おばあちゃんは、ちょっと、おばさんに冷たいような気もするけれど、家族みんなはおばさんが大好き。タイガーをとりまく田舎町には、いろいろな人がいたり、いろいろな事件もあるけれど、おおむね平和な日々。年頃の女の子らしい、気になることもあったり、まあ、ちょっと変わった両親のことも、少しは気になったりする。でも、そうしたもの思いも、おばあちゃんの一言ですっきりとほどけていく。タイガーの毎日はそんなふうでした。やがて、タイガーの家族を、大きなハリケーンのような事件がおそいます。その時、タイガーは、どう考え、どう行動したか。二十世紀中葉、アメリカ南部の田舎町の、良いところもあれば、因習的なところもある、手放しのパラダイスとは言えない世界を、タイガーの真摯なまなざしが見つめる、自然の情景やこまやかな人間模様の描写が魅力的な輝きを持った物語です。

自分自身に対する客観性は、不幸な誤解をひきおこすことがあります。自分の目でしっかりと見据えたつもりだった世界は、意外にも、片面しか見えていなかったりするのです。あたりかまわず泣き出してしまうかあさん、を支えている自分には意味が見いだせなくなって、もし、かあさんが「普通」の人だったらと思ってしまう。「大変」な家族を支えて生きていること、は恥ずかしいことではなくて、立派なことなのだと思う人たちもいるのに、自分をそんなふうに評価することはできない。ちっとも女の子らしくなくて、野球ばっかりやっている自分なんて子どもっぽく思える。でも、案外、同級生の評価は違ったりするんですね。タイガーのことを、女の子として意識している男の子もいるし、羨ましいと思っている女の子もいるのに。しっかりと心の目で見つめて、自分の信じる世界を取り戻していくこと。ゆるがない視点を自分の中に育てていく。世の中にはいろいろな考え方や、ものの見方があって、きっと、お得で楽な方法もあるけれど、ゆっくりとでも、自分が納得できる方法で進めばいい。そうした気づきこそが、子どもから大人への第一歩なのですね。「十二歳であるということ」の難しさと心のおののきを、この物語の中で見せてくれたキンバリー・ウィリス・ホルトは、あの各賞を受賞した『ザッカリー・ヴィーバーが町にきた日』の作者です。本書は、そのキンバリー・ウィリス・ホルトのデビュー作。ストレートな成長物語ですが、さわやかな読後感の残る作品です。

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