出 版 社: 岩崎書店 著 者: ダヴィデ・モロジノット 翻 訳 者: 中村智子 発 行 年: 2021年07月 |
< ミシシッピ冒険記 紹介と感想>
1904年のアメリカを舞台にした子どもたちの冒険譚です。冒険記、と言われると密林や秘境に踏み入っていくイメージですが、この物語はルイジアナ州の田舎から大都市であるシカゴへと子どもたちだけで旅をするアーバンなものです。田舎の村のごく狭い世界で生きていた子どもたちが、偶然、広い世界とつながるきっかけを掴みます。彼らが目にしている当時のアメリカの文化風俗も、読者にとって、また目新しいものとして映し出されていくでしょう。この物語の鍵となっているのが「通信販売」です。アメリカでは19世紀後半に、商品カタログが定期的に各戸に届けられ、そこから買い物を楽しむことが広まっていたそうです。田舎に住んでいても通販によって、先端の商品を入手することができたし、情報流通が少ない当時を考えれば、そのカタログがどんなに魅惑的なものであったかは想像に難くありません。この本にはそのカタログのページが精緻なイラストで掲載されています。なるほど、これは心を奪われただろうなと、当時の人たちの気持ちの高揚も体感できるものです。自分が子どもの頃はまだネット通販もない時代で(後にネット書店で仕事をすることなど思いもよらずでしたね)、その頃は、少年誌の裏表紙に掲載された、ちょっと怪しい通販グッズに心をときめかせていました。情報が少ない分、夢があったのかも知れません。自分の生活する近所のお店では販売されていないものに、夢を見てしまうところはあって、実際、くだらないものを買ったこともあります。この物語は、子どもたちが偶然、手にした大金を使って、通販カタログで買い物をしたことが、彼らに大いなる冒険をもたらすことになります。子ども時代のトキメキも思い起こされるところですが、当時の文化風俗を背景に、それぞれに屈託を抱えた個性的な子どもたちが、度重なるピンチを越えて、サブタイトル通りの大成功を収める痛快さが味わえるお話です。最終章に至っては、主人公たちの人生の道のりを感慨深く味合わされることにもなりますが、ともかくも、楽しい冒険譚が、ページをめくればここに始まります。乞うご期待なのです。イタリア•アンデルセン賞受賞作。
ルイジアナ州のミシシッピ川の川口の沼地、バイユーに暮らす四人の子どもたち。テ•トワ、エディ、ジュリー、ティトは、手製の丸木舟を川に浮かべ遊んでいたところ、3ドルが入った空き缶を釣り上げます。3ドルと言えば大金です(貨幣価値は現代の数十倍となります)。ボロボロの格好をして裸足で駆け回っている、けっして豊かではない家の子どもたちである彼らには、これは大金でした。大人には内緒にして、彼らはこのお金の最適な使い道を考え始めます。その結論は、有名なウォーカー&ドーン商会の通販カタログの商品を買うことでした。何を買うべきか悩んだ末、彼らが選んだのは、拳銃でした。ポリスリボルバー。安全で信頼性の高い銃です。ところが会社から送られてきたのは、銃弾と、何故か壊れた懐中時計が一つ。お金を拾った顛末が大人にもバレて叱られるし、間違っている商品を返品しようにも、その郵送費もないという、なんともついていない状況に陥ります。しばらくして、このウォーカー&ドーン商会の営業マンを名乗るジャックという男がバイユーに現れます。彼はその壊れた時計を50ドルで引き取るというのですが、どうも信用ができない感じの男なのです。その後、不運な事故で死んでしまったジャックが遺したカバンを手に入れた四人は、ウォーカー&ドーン商会がこの時計の回収に、50ドルどころではない、高額な褒賞を用意していることを知ります。ウォーカー&ドーン商会がある街、シカゴを目指して、舟や汽車を乗り継いで辿り着こうとしますが、お金もない子どもだけの旅は、困難を極めます。個性的なそれぞれの子どもたちが各章の語り手となり、自分の心のうちを吐露しながら進行する冒険物語の面白さ。通販会社の経営者をめぐる殺人事件と、行方不明となった会社の株券など、謎めいたエピソードがやがて一つになっていく展開は、副題で既にバラされている、子どもたちの大逆転勝利の結末がいかにしてもたらされたかを見せてくれます。そんな冒険の日々を回顧することになる最終章もまた味わい深く、趣向を凝らされたこの一冊の本を、あらためて最初から読み返したくなる、入れ子構造にも感嘆してしまうのです。
当時のアメリカにおける弱者の立場について実感させられます。ジュリーは白人ですが、弟のティトは黒人であるため、ジェリーの母親は身持ちが悪い女だと噂されていますし、この姉弟の家庭環境は決して良いとは言えません。ティトはあまり言葉を発することもなく、発達障がいではないかと見受けられるところもあります。そんな弟をジュリーは姉として守らなくてはならないと思っています。この旅の途中も、ジュリーが女の子であることや、ティトが黒人であることで差別を受けることが多々ありました。ジュリーは自分を「泣けない女の子」だと自認しています。だれにも傷つけられないように、堅く自分を守っている。いつも家で青あざを作っているジュリーという少女のことを、行動的で無鉄砲なテ•トワも、慎重で思慮深いエディも好意を寄せ、気にかけています。バイユーで貧しい育ち方をした彼らは、ハードモードな人生を歩み始めています。拳銃が欲しいと思ったことも、それぞれ頼るべきものが、または人生を変える未来への希望が欲しかったのではないかと思うのです。苦闘の長旅を経て到着したシカゴで悪い大人たちに陥れられ、希望を奪われた子どもたちですが、ティトの思わぬ才能によって最後の最後に逆転します。逆境に追い込まれても諦めなかったことが勝利をもたらします。夢のある物語であり、心躍る冒険譚ですが、子どもたちが向き合っていた社会環境は過酷です。この世界を逞しく生き抜いていった同時代の子どもたちのリアルもまた想像させられた物語です。