ライブラリー・ツインズ

ようこそ月島大学図書館へ

出 版 社: アリス館

著     者: 日野祐希

発 行 年: 2021年08月

ライブラリー・ツインズ  紹介と感想>

自分がよく通っている公共図書館では、定期的に近隣の中学生による企画展示での本の紹介が行われていて、彼らのリコメンドコメントを読むことができます。それほど虚をつかれるようなものはなく、ごくスタンダードな選書が多いのですが、過去の名作を中学生たちがどう読んでいるのかもまた興味深く、あらためて手に取らされることもあります。なによりも真摯に本と向きあっている姿勢が良いんですね。本をどんなふうに紹介したら興味を持ってもらえるのか。この「紹介する側の気持ち」は、ちょっとした片思いであって、人の心に届くことは少ないがゆえに疼くものです。そもそも本を好きな人は、自分で本を発見したいのだから、やすやすと人のお薦めには乗らないのです。ということで、反応の少なさに、工夫を凝らして展示を組み立てる中学生の内心もまたきっと焦がされているのではないかと想像しています。このサイトでは広報紙としてフリーペーパーを作っており、いくつかの中学校図書室で企画展示に活用していただいております。とはいえ反響はほとんど聞たことはありません。まあ、たいがい横目でスルーされているのでしょう。とはいえ、それが現実だとしても、そういう諦めを知って、中学生に醒めた大人になってもらうわけにはいかないのです。やるんだったら最高の企画展示をして、あっと言わそうじゃないか。そんな気概があってこその中学生だと遠い目をして言ってみます。さて、本書は中学生が大学図書館で企画展示にチャレンジする物語です。調子の良い主人公は、調子に乗ってばかりもいられず、焦ったり迷走もしますが、実りの多い結末がそこには待っています。

月島大学附属中学校に通う本郷菜織は瀬戸際に立たされていました。三年生の一学期の成績次第で、附属高校への進学の可否が決まるというのに、とった成績は上位四分の三以下。当人は大丈夫だろうと思い込んでいただけに、担任教師から告げられた、足切りライン以下だから進学できないという宣告にショックを受けます。今更、高校受験の勉強をするなんて無理。お気楽で、お調子者の菜織もさすがに落ち込みます。しかし、ここで救済措置が担任から提示されます。課外活動のプラス点で推薦入学枠に入れば内部進学が可能になるというのです。内申点を上げるために、この夏休み、月島大学の図書館でボランティア活動をしないかという誘いは、菜織には是非もありません。仲の良い成績優秀な双子の弟、健史もお目付役でこのボランティアにつきあわされて、姉弟そろって、月島大学図書館へと通うことになります。二人に与えられた課題は、大学のホームカミングデイ(オープンキャンパスみたいです)に行われる図書館の企画展示に協力することでした。お客さんたちに展示図書を紹介する役割を振られた二人。図書館が所蔵する「世界三大美書」を中心にして、どんな本をどう展示すべきか。こうなったら、ただ参加して内申点をあげるだけじゃなく、是非、進学してくださいと頼まれるぐらい大活躍しようと意気込む菜織。これまで多くの運動部の助っ人として活躍してきたスピリットに火が着きます。とはいえ、思いつきのアイデアを実現するのは難しいこと。自分の力不足にも悩みつつ、菜織は弟や図書館の人たちの力を借りて、面白い展示企画を作るために努力を重ねていきます。功を焦るあまり、気持ちが逸って弟と喧嘩したりもしますが、ともかくも躍動感あふれる菜織はパワー全開で駆け抜けます。そうした中で冷静沈着な弟の健史の心にも静かに兆していくものがありました。図書館という場所の存在感と、印刷や製本、装幀などの本づくりの魅力、またそこに携わる人たちの心意気など、中学生が新しい世界に目を見開いていく姿が清々しい一冊です。

まるで学習漫画のような趣で「大学図書館のひみつ」を知ることができる展開は、未知の世界への探究心が刺激されます。双子が受ける大学図書館のガイダンスも、大学図書館の役割から移動式の書架の説明に至るまで詳細で、読者もまた、一緒にこの見学コースを楽しめるものと思います。コミカルで細かい沢山のイラストも魅力的で、登場人物たちの気持ちが伝わってきます。中学生が職業体験をする物語は、そこに従事している人たちの心意気や矜持に多分に感化されるものです。本書に登場する大学図書館で働く人たちもまた、中学生たちにリスペクトを抱かせます。自分の将来をまだ漠然としか意識していなかった二人に、この先向かうべき道が示されるエンディングも希望を感じさせます。自分も在学中、大学図書館を利用していましたが、実のところあまり愛着のある場所ではありませんでした。調べものには便利だったけれど、高校の図書室のようなアットホーム感はなくて、なんとなく冷たい印象を抱いていました。大学というのは、やはり超然とした「知」の領域という感覚があって、馴染めなかったのですが、この物語の中学生たちのような目線で大学図書館に参加できたのなら、また違った大学生活を送れたかなと思えました。さて、将来のことはともかく、主人公たちがこれから、中学校や高校の図書室を盛り上げていくとしたらどんな企画展示を行うのか。そんな続編があったらと期待してしまいます。作者の日野祐希さんは、本の修復や製本術や、本にまつわる色々な物語を一般書で刊行され、活躍されている方です。今回は児童文学フィールドで、中学生たちの成長を描きながら、本の世界の魅力を存分に見せてもらいました。この本自体が、非常に楽しい試みに満ちた一冊である、というのが良かったですね。