ブラザーズ・ブラジャー

出 版 社: 河出書房新社

著     者: 佐原ひかり

発 行 年: 2021年06月

ブラザーズ・ブラジャー  紹介と感想>

「若者のメンズブラ離れ」が深刻であるというパワーワードに驚かされたのは今(2023年)から十年ぐらい前ですが、その世界線の先にあるのが現代です。そもそもメンズブラはいつ流行っていたのか。さも当たり前のように当たり前じゃないことが語られることもあるので、自分の常識に照らしてみる必要があります。いや、自分が知らない世界の深層が存在することに期待と好奇心を持つのは良いことで、理解できないことを頭ごなしに否定したり、買い被る方が危険です。なんて小理屈で、リベラルぶる人の問題点を見せつけてくれるのが本書です。自分の本音はそこにはないような気がします。実際、メンズブラをつけている男性を自分はどう思うか。この物語、人に気を回し無難な関係を求めるような穏健さを蹴飛ばし、人と人の関わり合いの深淵を見せつけて、本質を穿っていくターンが繰り返されます。本音のところをぶつけあわないと、人は近づけないのです。鋭い切先の物語であり、終盤にはややそれに辟易するところさえあります。第二回氷室冴子文学賞を受賞した表題作だけで良かったのではないかと、併録の後日談『ブラザーズ・ブルー』を読んでいて思ったのは、それほど前者が意表をつく好編だったからです。同賞の第一回の受賞作である『虹いろ図書館のへびおとこ』とは別の方向性で、氷室冴子さんの初期作品のスピリットを感じさせる本書は、中学生男子がブラジャーをつけるという題材から想像される気を衒ったものではなく、深く熟考する主人公の、気づきや気持ちの揺れ方がビビットに表現された秀逸なYA作品です。家族や友だち、恋人との関係性を解体するアプローチがあり、なによりも「ブラジャーをつけた中学生男子」という理解不能な存在に、主人公の高校生女子がどう歩み寄るかが見どころです。この少年を「変態」と一刀両断しないのは、若者のメンズブラブームがあった世界線の先にある未来だから、ではありません。ここでもやはり中学生男子がブラジャーをつけているのは特異なことです。それでも、まず受け止めて、悩み考え、歩み寄る。理解しがたい人と付き合うことにもまた意味があるのだと、共生の意味を思います(これも当事者ではないから言えることだな、というのが僕の本音です)。

父親の再婚で、新しい母親と中学二年生の義理の弟と一緒に暮らすことになった、高校一年生の女子、ちぐさ。まだ打ち解けていない弟の晴彦が、ブラジャーをつけている姿を家でうっかり見てしまい狼狽します。高価なものも含めてマイブラジャーを沢山、所有しているという晴彦。彼は心が女の子であるトランスジェンダーなのか。それともそういう性癖なのか。ちぐさなりの受け止め方でアプローチしますが、晴彦は、これは、おしゃれなのだと主張します。ただブラジャーを愛好している。その真摯な姿勢にちぐさはむしろ感心します。父子家庭で育ち、ブラジャーに無頓着だった、ちぐさはスポーツブラしか持っていません。とはいえ、そろそろ付き合っているカレに下着を見せる可能性も考えつつあり、ブラジャー初心者の自分に焦りを感じていました。晴彦のブラジャーへの造詣の深さを知ったちぐさは、ショッピングモールにブラジャーを買いに行くのに、晴彦を同行させてアドバイスをもらおうとします。ところが、そこで学校の友人たちと会ってしまい、中性的な外見の晴彦を、つい、妹だと紹介して、彼を傷つけることになるのです。まあ、弟になったばかりの少年にブラジャーを一緒に買いに行ってもらう状況を説明するには、多くの偏見を越えなくてはならないでしょう。ただでさえ、ちぐさは人の顔色をうかがい、言いたいことも言わず、人との関係を無難にやり過ごそうとする子でした。スポーツが得意で学校の人気者であるカレシ、智くんの弱者に向けるナチュラルな侮蔑を不快に思いながらも、何も言わないで溜め込んでいる。ちぐさは、晴彦との関わり中で、家族や友だち、恋人との関係を見つめ直していきます。いや、当たり障りなく過ごしたいもまた本音だよなあと思うのですが。

晴彦がLGBTQではないというのがポイントです。もはやジェンダーバイアスと同様に、LGBTQバイアスもあって、人をわかりやすく理解するために、枠に括りたくなる気持ちになってしまうものです。これもまた偏見であり、読者である自分の意識が問われているところです。美しいもの愛らしいものカワイイもの好き男子をゲイ的傾があると色眼鏡で見がちですが、かならずしもそうではない。となると、その存在はそれはそれで得体が知れず不安にさせられるものです。そこにあるこだわりを尊ぶことができるかどうか。ゲイでもトランスジェンダーでもないけれど女装をしたい、という少年の物語をいくつか見かけましたが、やはり彼らがゲイやトランスジェンダーであったら腑に落ちたのだろうと思うのです。ただそれもまた自分の考えるゲイやトランスジェンダー像であって、パッケージに押し込める行為かも知れません。男っていうのは、とか、女ってものは、なんて言い出す人をつい侮ってしまうのですが、そういうことを言いたい人たちの本質もよくわからないまま、斜めに見ている自分もまた同類です。ブラジャーをつける中学生男子が問いかけるもの。それをただのファンションであり、おしゃれだという曇りのなさに、どう立ち向かうか。ブラジャーもまたただの布ですが、そこにはサムシングがあります。『貸出禁止の本をすくえ!』の中で、教育委員会から認定された学校での貸し出し禁止本にジュディ・ブルームの『神さま わたしマーガレットです』がありましたが、ブラジャーについて詳しく語られた児童文学作品だったと記憶しています。布は布ですが、時に危険視されることもあるのです。