一年後のおくりもの

A dog called homeless.

出 版 社: あかね書房

著     者: サラ・リーン

翻 訳 者: 宮坂宏美

発 行 年: 2014年12月


<   一年後のおくりもの   紹介と感想>
小学六年生の女の子、キャリーが黙ったまま誰とも口を利かなくなったのには理由があります。理由、というよりは「心の事情」なのかも知れません。別になにかをたくらんでいるわけでも、拗ねているわけでもありません。ただ信じてもらえないから話すのをやめたのです。パパは死んでしまったママの話をすることをいやがるし、キャリーが口をきかないこともあまり気に留めていないようです。パパにはパパの心の事情があったし、仕事もうまくいかなくなり大変だったから、なのですが、キャリーとしては不満があります。パパはどうして、死んだママが見えるということを信じてくれないのだろう。パパはママがいたことさえ忘れようとしているみたい。去年のパパの誕生日に、突然の交通事故でママが死んでしまってから一年。キャリーは、自分がたいしたことのない子だと思うようになっていました。それは、あなたはかけがえのない子よ、と言ってくれていた人がいなくなってしまったからかも知れません。大切にしてくれた人がいなくなったから、自分はもう大切な存在ではいられない。世界の果てにおいやられたまま、誰も目にとめやしない。ママのことが見えると言っても、どうせ誰も信じてくれない。そんな沈んだ気持のキャリーに、自分を大切な存在だと思い出させる奇跡のような出来事が訪れます。

キャリーが出会ったのは、アイリッシュ・ウルフハウンドという種類の一匹の銀色の大きな犬。キャリーはママがこの犬を連れているのを見ました。もちろんママは死んでしまっていて、現実にはいないことをキャリーはわかっています。でも、ママが連れていた、この犬は生きている本物だったのです。キャリーはこの犬にホームレスという名前をつけました。家のない犬。この犬を「家に連れていこう」としている人がいました。汚れた格好をして、ジャグリングを見せてお金を稼いでいる「家のない」ジェドさん。ジェドさんはある使命を託されて、キャリーのもとにこの犬を連れてきてくれたのです。ジェドさんや、引っ越した先の家で出会った、目と耳の不自由な少年サムとの交流で、キャリーの世界は少しずつ変わっていきます。「一年後のおくりもの」という邦題は、物語の謎が解けた時、ぐっと熱く胸に響いてきます。原題の「A dog called homeless」もまた含みがあります。ホームレス(家がない)とはどういうことなのか。それは住む場所がないということだけではありません。家族というものが、ただ人の集まりの単位ではなく有機的なつながりであるように、「家がない」とは、つながりを失っていることなのです。ホームレスと名付けられた犬が、家族を再生させていく物語がここに展開します。

母親がいなくなり、父親とも心がすれ違ってしまい、寂しい思いをしている女の子が、犬と出会ったことで心を回復していく物語。となると、児童文学ファンが思い出すのは『きいてほしいの私のこと』(ケイト・ディカミロ)ですね。物語の構成要素は似ているのですが、これもまた違った味わいに満ちた物語です。家族の喪失と再生の物語は児童文学の中でよく描かれます。家族を亡くした後に、心のバランスがとれなくなってしまい、問題行動に出る子どもたちがいます。「不思議なものが見えるようになる」ことも良くあります。こうした子どもたちにもちゃんとメンタルケアが施されている状況が描かれているのが現代の児童文学ですが、ただ、どんなにサポートがあったとしても、子ども心が喪失感に立ち向かい、悲しみを受け入れ、乗り越えていくことが試練であることは変わりません。この労しいプロセスは、見ていることさえとても辛いのですが、やがて主人公が、自ら失われた家族を再生していく姿には熱く心を動かされます。悲しみを昇華させてくれる物語のカタルシスがここにはあります。きっと、そうした時間を今生きている子どもたちの心にも寄り添える物語となるでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。