スモーキー山脈からの手紙

Greetings from nowhere.

出 版 社: 評論社

著     者: バーバラ・オコーナー

翻 訳 者: こだまともこ

発 行 年: 2015年06月


<   スモーキー山脈からの手紙    紹介と感想>
スリーピータイム・モーテルに終わりの時が近づいていました。そこはノースカロライナ州スモーキー山脈にある、荒れ果てて古ぼけたモーテル(モーターカー・ホテルの略称です。車旅行者が利用するホテルのことです)。オーナーのアギーは、お客がこなくなったこのモーテルを売りに出そうとしていました。アギーの夫ハロルドはトマト畑で突然、倒れて亡くなってしまい、年老いたアギーひとりでは、このモーテルを一人で維持していくことはできず、電気代の支払いさえままならない状態では、ここを手放すしかなかったのです。夫と二人で作り上げてきた思い出のいっぱい詰まったこのモーテルに離れがたい思いを抱きながらも、ここから出ていく準備をアギーははじめていました。静かに諦めていくアギーの終わりの時を目前にして、三組の家族がこのモーテルに滞在することになります。家族には、それぞれ複雑な事情を抱えた子どもたちがいました。スリーピータイム・モーテルの最後の時に居合わせた三人の子どもたちは、アギーに失いかけていた希望の光を与え、子どもたちもまた、足りなかった心のピースをここで手に入れることになります。美しい自然の中で、繊細な心の波動が紡がれていく、穏やかな物語です。

人生の再起をかけて、売りに出ていたこの古いモーテルを買い取ろうとしたのは、ウィロウの父さんでした。ウィロウも、このモーテルに連れられてきたものの、家を出て行ってしまった母さんに、ますます会えなくなくなることに失意を抱いていました。ましてやこんな世界から見捨てられたような古ぼけたモーテルでは、気持ちはさらに落ち込みます。スリッパをはいた足で、土に円を書いているウィロウ。アギーは、そんなウィロウを見て、なんて悲しそうな女の子なんだろうと思います。思わずだきしめてあげたくなるけれど、ウィロウの心をそっと気づかい「あたし、あなたのサンダル、大好きよ」と声をかける。アギーの素敵な人柄が伝わってくる場面です。問題児が集められるスモーキーマウンテン学院に連れて行かれる途中で、車が故障してしまったために、このモーテルに滞在することになった少年カービー。養父母と一緒に「本当の母親」の足跡をたどるため、この山を訪れた、明るくておしゃべりな少女ロレッタ。三人の子どもたちは、このモーテルとアギーに仲介されて、次第に親しくなっていきます。子どもたちとアギーの不思議なつながりが、終わろうとしているこのモーテルで生まれ、そして、穏やかに育まれていくのです。

人生はどんどん進んでいく。何かの行進のように。そうアギーはそう言います。人は、いやであろうとなかろうと、その行進に加わって、次の場所へと進まなければならない。でも、歩みを止めて、大切な場所にもう少しだけ留まっていることができたのなら。失われてしまう、大切だった時間を慈しむ気持ち深くつきささります。引っ越しのための荷物を整理しているのに、残したいものばかりで、何も捨てることができないアギー。子どもたちは、そんなアギーとの時間を共有しながら、大切なつながりを感じとっていきます。物語の終わりに、ウィロウが勇気をふりしぼって、アギーのために立ち上がる場面には胸が熱くなります。

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