出 版 社: 小峰書店 著 者: 三輪裕子 発 行 年: 2010年01月 |
< 優しい音 紹介と感想 >
荒野の女子中学生。吹きすさぶ風にほおを切り裂かれながら、それでも立ち続けなければならない。行く手をはばむ最大の敵は女子同士の人間関係。またそれか、と思いながらも、いや、これこそが強敵。ひとりで立ち向かうには根性のいる相手なのです。無視され続けても、ぺちゃんこにならずに、胸を張っていなければならない。学校で、そんな孤立無援の闘いを続ける千波に届いたエールは、謎の携帯メールでした。どこの誰かはわからない「潮風」と名乗る男の子。「潮風」から届けられたメールのおかげで、千波の心はピンチをなんとか切り抜けていきます。ところが、千波の学校生活にようやく明るい日差しが差し始めた頃、「潮風」からのメールは届かなくなります。一体、「潮風」の正体は誰だったのか。携帯電話がすっかり日常化して、子どもたちにとっても必須のデバイスとなった頃の物語。こんなロマンの可能性に胸ときめくところもあったかなと思います。気が弱く大人しい、ごく普通の女の子のささやかなロマンス。第28回、つまり、これが本当に最後の新美南吉児童文学賞受賞作です。
中学三年生になった千波は、新学期の委員選びで図書委員に立候補します。しかたがなかったのです。立候補しないと、図書委員になれなかったのだから。おのずと自分に決まると思っていた図書委員に、対立候補の登場で立候補せざるをえなくなった千波は、それだけでもやや教室の空気を乱したのに、更に図書委員長に選ばれてしまうに及んで、すっかり白眼視され、「内申書をよくしたいからって・・・」と、仲の良かった女子のグループから仲間はずれにされる憂き目にあいます。それからが荒野の日々。はずされてしまったという思いを抱えながら生きる中学生活は、重く千波にのしかかります。そんなある日、うっかり持っていってしまった携帯電話を千波は学校で落としてしまいます。ところが、家に帰ると携帯はなぜか自宅のポストに戻ってきている。不思議に思っていたのも束の間、数日後、誰も知らないはずの千波の携帯のアドレスに「潮風」と名乗る男の子からメールが届きます。「潮風」は教室で闘う千波のことを励ますような内容のメールを送ってきてくれる。おそらく、彼は同じ教室にいる誰かなのか。正体もわからないまま心を交わしながら、やがて消えてしまう「潮風」。そんな彼に、千波は、もう一度、会うことができます。それは、中学校の卒業式の日。思いもかけない形で、潮風の「音」を聞くのです・・・。
この作品、「潮風」サイドからの物語も読んでみたいなと思いました。実に、してやったり、という感じなのです。千波がまったく気がつかないところで、潮風は周到に準備を重ねて、千波のことを見守り、言葉を選んで、彼女を励まし続けていました。そして、自分の出番が終わったと思ったら、さっさと消えてしまうクールぶり。これは、なかなかカッコいいのではないかと。ということで、エピローグまで読んで、もう一度、前に戻って、ああなるほどね、などと思いながら読み返すのが楽しいところです。千波といえば、もう日々の学校生活の大変さに目一杯です。唯一の安住の場所である図書室で、読み聞かせのイベントを考え、さらにそれを校内放送で流そうというチャレンジをしようとしている。頑張っている子には、辛いだけじゃなくて、それなりにいいこともある。物語の裏側でずっと動いていた「潮風」の心模様を思いつつ物語をさかのぼる時、もう一度、面白い読書が楽しめる、そんな作品でした。まっすぐで素直なお話です。