勇気の季節

The boxer and the spy.

出 版 社: 早川書房 

著     者: ロバート・B・パーカー

翻 訳 者: 光野多恵子

発 行 年: 2010年03月

勇気の季節   紹介と感想 >
迷える15歳の少年には人生のトレーナーが必要です。それがマッチョではなく、クレバーなタフガイであれば文句なしです。ジョージは元プロボクサーで55歳の黒人男性。彼は自分の経営するジムに通う少年、テリーにボクシングのコーチをしながら、人生のコツも伝授してくれます。一人称は「おれ」で、テリーのことは「おまえさん」と呼ぶ、そんな距離感もちょっとイカしています。ジョージがテリーに与える示唆に富んだ言葉が凄くいいんですね。ボクシングの攻撃や防御のスタイルを教える言葉は、鋭い人生の警句にもなっている。血気盛んな若者はクールを気取りながらも、どうしても先走ってしまうもの。傍にいてくれる、どっしりと構えた大人の男の存在感が実に頼もしく、未熟な少年は彼から沢山のことを学んでいきます。まだヤワな少年の「勇気の季節」の挑戦は、こうして力強いバックボーンに支えられ、ステップアップしていきます。実にイイナアって感じなのです。本編も無論、面白いけれど、ともかく男同士が多くを語らないまま(いや、小説なんだから実際は語っているんだけれど、核心には触れないまま)心を通じあわせていく、そんな絶妙な間に、たっぷりニヤニヤできる、スペンサーシリーズのロバート・B・パーカーが書くYA作品、第二弾です。

同じ学校の生徒が自殺するというショッキングな出来事が起こります。ハイスクールの9年生のテリーは、その友人の死に不審を抱き始めます。それほど親しかったわけではないけれど、三年前の自分の父の葬式の時にさりげなく励ましてくれたその友人とは、ささやかに心が通っていた気がしていたのです。彼が自殺するわけがない。その死の真相を探るうちに、いくつかの障害がテリーの前に立ちふさがります。校長先生や学校の番犬のような運動部のスター選手。やけに横柄な態度でテリーの行く手を塞ごうとする面々には、どうにも策謀の匂いが感じられる。テリーは仲間たちと捜査を進めながら、だんだんと事件の核心に迫っていき、やがてそれは町にはびこる大きな陰謀の解明へとたどりつくのです。正調、青春ミステリー。登場人物はやや定型的ですが、それゆえの魅力が存分にあります。捜査を進めるテリーに、ボクシングのトレーニングをしながら人生のアドバイスをしてくれるジョージや、テリーのガールフレンドで恋人未満のアビーとの言葉のやりとりなど、関係性の妙が実にニクらしく、物語の謎解きよりも、ただその空間を見ていられることが楽しいと思うような、友情と勇気の物語なのです。

考えぶかいタイプのスポーツ少年が、高圧的な大人たちに対抗する作品というと、YAの世界ではクリス・クラッチャーが思い出されるところです。こうした物語の主人公には、チームプレイより、ひたすら自分に打ち克つタイプの競技の方が似合っているもので、ボクシングはまさに最適かも知れません。とはいえ、孤独なスポーツに挑みながらも、仲間の存在を強く感じていく。一人ではないことを主人公が実感していく。その感じもYAのスポーツものの良さなんですよね。ロバート・B・パーカーのYA作品、第一作目の『われらがアウルズ』は、1945年を舞台にした十四歳の少年が主人公のバスケットボールものでした。本作『勇気の季節』は、現代を舞台にした十五歳の少年が主人公。時代は違っても、十四歳と十五歳、少年にとって、この一年の隔たりには大きな意味があります。自分の中の冷酷さをコントロールしろ、なんてアドバイスは十四歳には難しいものですが、十五歳には、少しは感じ取れるところがあるかも知れない。タフな大人の男のビジョンが見えはじめる季節。まあ、そんな男の世界は鼻もちならないと言えば、鼻もちならないんだけれど、それもまた魅力ということで。ニヤリとしたい方には、おすすめの一冊です。

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