光車よ、まわれ!

出 版 社: 筑摩書房

著     者: 天沢退二郎

発 行 年: 1973年04月

※復刊版は2004年復刊ドットコムより刊行

光車よ、まわれ! 紹介と感想>

読後も多くの疑問が解消されなまま心に残る物語です。小学六年生の少年少女を主人公にして、彼らがこの世界を支配しようとする闇の力と闘う明快なファンタジーではあるのですが、不条理な設定や、理不尽で残酷な展開などが続き、いったいこれは何?という気持ちのまま、読書を終えることになります。結果的に、この世界に戻ってこない人もいるし、子どもたちもいきなり死にます。驚きの展開は続き、その説明は腑に落ちないものばかりです。キーアイテムである「光車」や「地霊文字」についても、イメージは湧くものの、「そもそもなんでそんなものが存在するのか」は説明されません。とはいえ、「破邪の剣」や「ルーン文字」のような、ありきたりの小道具を借景にしていたのなら、理解はしやすいものの、この物語がまとっている神秘性が半減して、不朽の奇書として日本読書界に名を残さなかったのではないだろうとも思うのです。迫りくる脅威と闘うために子どもたちは三つの光車(極彩色の小さな粒状の光車が車状に結合したもの。まるで銀河のようですね)を探し出し、その力で悪に打ち勝ちます。そうした表向きのストーリーだけでは語れないサムシングに溢れすぎた怪作です。作中でマロアカジ(麿赤兒)さんについての言及もあるのですが、1970年代の前衛感覚のエッセンスも見え隠れして、時代を経ても色あせない「違和感」を味あわせてくれる驚異の物語です。

小学校の教室で授業中に「見てはならないもの」を見てしまった六年生の一郎。迫りくる脅威に気づいてしまった一郎は、もはや平穏な日常を送ることはできなくなります。実はこの教室にはいくつかの結社があり、密かな闘いを続けていました。「水の悪魔」の力を得て、怪物と化すこともできる宮本たちのグループ。その力と戦うために、三つの光車を探そうとしている龍子たちのグループ。そして学級委員の吉川が率いる第三勢力「土曜勉強会」は、緑衣隊という実行部隊も持つ恐ろしい集団です。一郎は龍子たちの仲間になり、光車を探し、見つけ出していきます。しかし、うかつにも黒い水たまりの中に引き込まれ、「水の悪魔」たちに捕らわれます。その世界で一郎が知りあったのが、別の小学校に通う同い年の女の子、ルミです。学級委員の吉川の従姉妹でもあるルミを仲間に加えた一郎たちは、龍子の祖父や一郎の家の大家である中谷老人(この二人は同一人にして別人であり、その祖先でもあるという存在で、この物語の最大のキーパーソンです)の力を借りて、最後の光車を手に入れようとします。水面の裏側の水のない世界を統べるスイマジン大王による、この世界に侵攻しようとする野望を打ち砕くため、三つの光車を合わせて、まわす一郎たち。やがて、この物語の多くの不条理が、ひとつの条理に収斂されるクライマックスを迎えます。スイマジン大王が心に負っていた哀しみが癒される時、世界は平穏を取り戻しますが、一郎たちは大切な仲間を失うことにもなるのです。

暗黒面に落ちる。闇落ち、などという表現もありますが、善良だった人が悪のサイドに堕ちていくのには、それなりのきっかけがあるものです。しかし、この物語の小学生たちは、あらかじめダークサイドの一員になっています。学級委員の吉川にいたっては、クラスの誕生会の余興の奇術で集団催眠をかけ、一郎たちから光車のありかを聞き出そうとするなど、かなりの策略家であり、先生たちをも仲間に引き入れて、自分の野望を実現しようとしています。なんで彼らがこんなことをするにいたったのか、という疑問がわきますが、説明はありません。そんな小学生が存在していることの不可解さ。この社会全体の縮図が小学校の教室に象徴されているのか。何か深い意味があるのか。疑問符ばかりが浮かびますが、常識を超えたことが、この世界ではあたり前になっている恐怖感が実に魅力的なのです。この物語と同時代に隆盛だったジュブナイルSFには、同じように異次元からの侵略や、子どもたちが悪に取り込まれていく物語が数多くありました。ただ、SFなりの論理性があって、その不思議を(空想)科学的に説明しようとすることが常套です。つまり、荒唐無稽の中にもリアリティがある。一方で『光車、まわれ!』は、あらかじめ、この異質な世界観に軸足が置かれています。そこに普通の小学生の日常が重なっていくことに違和感があり、それこそが語り尽くせない魅力となっている作品です。著者の天沢先生とお話しする機会を得た際に(2007年か8年ぐらいだったか)、その当時、注目されているファンタジー作品についてお聞きしたことがありました。その際に『琥珀の望遠鏡』(ライラの冒険の第3部)をあげられていて、天沢作品を読み解くヒントを与えてもらったような気がしました。あの物語の少年少女たちの次元を越えた共闘や、心の迷妄が襲いかかってくるギミックなど、どこか通底するものがあるような気がしたのです。よくわからないがゆえに面白い。ファンタジーに共鳴する感性が問われる物語です。