ハチミツドロップス

出 版 社: 講談社

著     者: 草野たき

発 行 年: 2005年07月

ハチミツドロップス  紹介と感想>

厳しいクラブ活動からドロップアウトした中学生たちの、ゆるくて甘い、ぬくぬくしたクラブ活動。だから「ハチミツドロップス」。それは、カズをキャプテンにした女子ソフトボール部の別名でした。クラブ活動を辞めてしまうと内申点に響くし、かといって、マジにやるなんて真っ平。ハチミツドロップスは楽しい集団。皆で、更衣室でおしゃべりしたり、ゲームをしたり、買い食いしたり、無論、先輩、後輩の上下関係なんて面倒なものもなし。キャプテンだって、くじ引きで決めたぐらい。なにより大切なのはノリ。キープしなければならないのは、ふざけたテンション。怒ったり、泣いたり、喚いたり、本気になるのは厳禁。試合に勝とうなんて気もないし、そもそもメンバーも足りないからユニフォームも作っていない。そんなだらけた運動部。集まっている連中も、みんな、適当がいいって仲間たち。自分のキャラクターを演じて居場所を見つける。ここは、皆のオアシスだったはずなのに・・・。カズの妹のチカを中心とした、新一年生のバリバリ運動少女たちが集団で入部してきてからというものの、勝つためのソフトボール部にすっかり変わってしまって、ここで、まったりしていた先輩たちは、もう、ついていけなくなります。そして「ハチミツドロップス」の名前は返上され、事実上、解散となってしまったわけです。

さて、キャプテンのカズとしては、複雑な心境です。妹一派の造反で、元のチームメイトたちはバラバラ。まあ、それぞれ自由にやっているのだけれど、居場所を、ひいては心の拠り所を失ってしまったことはたしか。ちょっと落ち込んだけれど、いつもの軽いノリで、お調子ものの「カズ」を演じていないとならないのが、自分なんだから、って、表面では話を合わせておくのが面目躍如です。半年間つきあったカレシの直斗に、他に好きな子ができたから、と振られて、ショックのどん底に落とされても、顔は笑って、ああ私も別れたいと思ってたところなのよって嘘をならべて茶化してしまう。心ない噂で傷つけられる前に、自分で大げさな噂を流して、二人は別れましたよー、なんて、大宣伝してしまったり。本当は、直斗のことが好きで好きでたまらないのに、それでもマジになるわけにはいかないのです。カズには、カズの守るべきものがある。カズの家は、今、ちょっと、複雑なことになっています。どうも、お父さんの愛人が出張先の仙台にいる「らしい」ということはわかっている。だけれど、それを突きつめてしまうと、家庭が崩壊することになる。だから、カズは、全力で、おちゃらけるのです。妹のチカは、お父さんのお土産の駄菓子を一人で、黙々と食べ続けます。お土産を平らげられたら、また、お父さんは帰ってきてくれるはずだから・・・。本音を吐き出さないで、守れるものがあるなら、守りたい。関係を続けるためには、本気にならずに、冗談にしてしまった方がいいこともある。でも、覚悟を決めるときは、決めないとね。もう、お調子モノのカズではいられない瞬間が、ついに、きそう、いや、くるんだ。さあ、どうふるまう?カズ。

講談社児童文学新人賞受賞作の『透きとおった糸をのばして』以来、新作が出るたびに、ずっと期待して読み続けている草野たきさんです(この文章、本書の刊行当時の2005年に書いたものです)。子どもの視点から、大人や子ども同士の微妙な人間関係を見据える視線の鋭さに注目させられる作家さんです。笹生陽子さん、梨屋アリエさんらと並ぶ、現代児童文学界の若手のホープと言えるでしょう。今回、読み始めて、おや、ちょっと軽いノリすぎて、これまでの草野さんのナイーブな良さがないのでは、と思い、ちょっとびっくりしました。これでは、なんかジュニア小説みたいだなあ、と思っていたら、ちゃんと逆転して、最後には、きっちりと魅せてくれました。カズのキャラクターも、また、他のチームメイトたちの個性も読ませるところがあって、しっかりと満足させてもらって嬉しいところでした。読み終えて、胸に残る爽快感。お道化を演じなければいられない女の子の、ちょっと切ない物語だけれど、とても読み応えのある作品です。