出 版 社: 小学館 著 者: クリス・エディソン 翻 訳 者: 橋本恵 発 行 年: 2021年06月 |
< 分解系女子マリー 紹介と感想>
「分解系女子」というパワーワードで勝ったも同然です。たしか数年前の村田製作所の企業CFでも「分解系」という言葉が使われていました。物作りのために、なんでも分解してしまう科学的探究心が強い人を表す言葉なのかと思います。本書もまた、発明家になりたいという夢を持つ十二歳の科学好きの女の子、マリーが主人公です。子どもの時から家中の道具を分解したがるマリーに、母親はキュリー夫人(マリー・キュリー)にちなんでマリー・キュリアス(知りたがりのマリー)とあだ名をつけました(これが原題の所以です)。そんな科学好きの彼女の活躍を描く冒険譚です。さらにはサマーキャンプもの、という海外の児童文学ではお馴染みの舞台設定も魅力的です。キャンプに集まった同じ年頃の子どもたちと対立することがあっても、やがて協力して困難を乗り越えていく黄金パターンです。そういえば自分も、ねじ回しを片手にオモチャや家電などを分解して、内部構造を知りたがる子どもでした。高度なテクノロジーは理解できないものの、そこにある仕組みを知りたいという探究心があったのです。ところが今は、車のボンネットだってほぼ開けたことがない(分解以前に点検はせねば)。複雑なことはなるべく知りたくないなんて、好奇心はいつ死んだのか。本書を読むと、失われたそんな気持ちを少しだけ取り戻せます。ところで、本のレビューを書くことも「この本はどうして面白いのか」という分解作業なのかと思います。自分は「自分はこの本のどこにに惹かれたのか」を書くスタイルなので、分解する対象は自分自身です。注意すべきは、子どもの時の分解作業のように、元に戻せなくなることです。よくわからないネジが一本余っていたりする。言葉にできない余韻が残されている、ぐらいなら良いのですが。まあ、簡単に解けないのが人の心の綾かも知れません。
マリーの家の前に降下したドローンが運んできた荷物は、彼女へのメッセージを伝えるキューブでした。送り元は、世界有数のテクノロジー企業バンス社。キューブが投影したホログラムに映し出されたバンス社長は、この夏、同社が主催する子どもたちのためのサイエンスキャンプに、マリーを招待すると告げました。マリーが考えたロボットを活用したプロジェクトが評価されたのです。一人、ロンドンを離れて、アメリカのロサンゼルスへ向かうマリー。バンスキャンプは、若手の科学者のための世界一有名なサマーキャンプであり、ここでは選ばれた参加者たちが、素晴らしい環境で学び楽しむと同時に、互いに競い合う場所です。マリーは居並ぶ優秀なライバルたちを前に当初は緊張していたのですが、次第に打ち解けていきます。参加者たちは、アイデアをふり絞りロボットコンテストにエントリーします。優勝すればバンス社長の助手として、ここで一年間、有意義な体験ができるのです。マリーも趣向を凝らし、鳥型のロボットを組み立てました。他の参加者たちもそれぞれ個性的なロボットを設計していきます。そうした中で、参加者の子どもたちに発破をかけるビンス社長に、マリーは違和感を覚えるようになります。傲慢な部下への態度や、人が協力し合うことに否定的な態度を見せること。製品の安全性よりも会社が他社に勝つことばかりを気にしている。しかもバンス社は、キャンプ参加者の発明アイデアを盗んで製品化しているのではないかとの疑いも浮かんできます。そして、同社の世界的に普及しているOSのアップデート版がバグだらけであることを、キャンプに参加した子どもたちは知ってしまいます。このままリリースされたら、このOSに制御された製品が暴走して世界中でパニックが起きる。IT技術や数学、工学、科学が得意な子どもたちは、バンス社長を食い止めようと、それぞれの能力を結集しますが、さらに物語は展開していきます。
マリーは偉業を成し遂げた女性科学者の先人たちのように、社会で大いに活躍したいという夢を抱いています。それと同時に、社会的なキャリアを得て、高収入を得たいとも考えています。現実的にそこを意識しているのは、母親が車椅子での生活を余儀なくされており、その生活をケアするためのお金が必要だからです。そのためには良い学校を出て、良い企業に入って、高収入を得なければならない。キャンプへの参加もコネ作りなのだと考えるあたり、児童文学的には新たなステージに入っています。お金を稼ぐことは病気の母親のクオリティオブライフを上げる現実的な課題解決です。ただ夢を追うのではなく、そこを冷静に見極めています。やや人間的には難のある曲者のビンス社長ですが、彼は発明家ではなく、ビジネスマンであって、会社の存続を第一に考えています。これは多くの従業員を雇用する企業経営者としては必要な資質です。エジソンにしても、松下幸之助にしても、発明した製品をどうビジネス展開したか、という点が重要で、結果的に素晴らしいアイデアが社会に膾炙して、文化を発展させていったわけです。人が憧れる夢のある仕事をしているように見える企業も、地に足がついた経営努力によって成り立っています。マリーはキャンプの余興のマジックで「イカれた科学者」を登場させましたが、これは多分、マッド・サイエンティストのことなのでしょう。どんなに発想力が冴えていても、やはりイカれていたり、マッドだったりと、社会に背く孤高の科学者は上手くいかないのです。本書のように科学に関心が高い子どもたちを主人公にした他の物語でも、最後に勝つのはテクノロジーではなく、人と人との関係性です。互いの信頼関係による協調や協力こそが勝利をもたらします。まだ製品化されていないような未来的なギアが登場する「夢のある」物語ですが、夢をどうやって実現すれば良いのか、現実的に考えさせられます。