十二番目の天使

The twelfth angel.

出 版 社: 求龍堂

著     者: オグ・マンディーノ

翻 訳 者: 坂本貢一

発 行 年: 2001年04月


十二番目の天使  紹介と感想 >
順風満帆のビジネスマン人生。四十歳を前にして、ジョン・ハーディングは、これまでの企業経営の実績を認められ、コンピュータソフトの売上世界三位の大企業、ミレニアム社の最高経営責任者として迎えられる好機を得ました。17年間のビジネスマンとしての生活は、ハードワークの連続でありながらも、相応の報酬と社会的な地位、そしてなによりも、充実した人生を彼に与えてきました。出身地にほど近い立地のミレニアム社に通うため、久しぶりに故郷に戻ってきたジョンは、地元出身の名士として、凱旋したかのような歓待を受けます。なにもかもが順調なはずだった人生。しかし、そんなジョンを絶望のどん底につき落とす事件が起きたのです。最愛の妻と七歳になる息子の交通事故死。常に前向きにビジネスに挑み、タフでアグレッシブだったはずの彼のハートは粉々になり、ベットから起き上がることもできないほどの苦境に沈んでしまったのです。もはや働く目標も、生きる気力も失ってしまったジョンは、辞表を提出し、会社を辞め、あとは抜けがらになってしまった自分を、自分自身で消し去ろうとさえ思いつめていました。まさにそんな時、少年時代を一緒に過ごした友人のビルが、ジョンを訪ねてきたのです。失意に沈むジョンに、ビルは意外な提案をします。『少年野球チームの監督をしないか?』・・・自分の輝ける少年時代を彩ったスポーツ、野球。かつて自分が所属していた「エンジェルズ」の名前を継承する少年野球チームの監督に自分がなる?。この突拍子もなく、素敵な提案が、失意の底で苦しむジョンに、新しい世界への光明を与え、やがて再び力強く生きていく気持ちを取り戻させていきます。打ちのめされた中年男と、十二人の天使たちとの交流。中でも、十二番目に選手に選ばれたティモシーとの日々が、ジョンに生きる勇気を与えていきます。大ベストセラーとなった物語、『十二番目の天使』。色々な意味で、驚きと興奮に満ちた作品です。

非常にウエットで感情過多な作品。「泣ける」物語と言われている所以です。YA層ターゲットのようでありながら、この作品、通常のYA作品とは多少、軸がずれたところにあります。同じく心の破れた中年男性を主人公としながらも、優れたYA作品としても推奨されている『モリー先生との火曜日』とでは、その手触りの違いは歴然としています。これは一体、なんなのだろうなあ、と考えながら読んでいたのですが、この『十二番目の天使』は「ビジネスマンスピリットの良質な部分」をとても礼賛している小説である、ということが一番にあげられるのではないかと思います。しかも、このスピリットが、ビジネスマンならぬすべての人間の人生に応用される生き方の哲学と考えられている。これは主に児童文学フィールドで読書をされている方たちにとっては、かなり「異色の価値観」なのではないかと思うのです。元々、優秀なビジネスマンである主人公の考え方としては当然なのかも知れませんが、これは、ちょっとした衝撃でした。一時話題になったビジネス書、『ザ・ゴール』は、工場経営の効率化のための問題解決に試行錯誤する主人公の苦闘と、一方で仕事に傾倒せざるを得ないあまり、崩壊していく家庭生活にも胸を痛める部分を描き、ビジネス書の新境地と言われました。要するに、かなり文芸書寄りの部分を持ったビジネス書。一方で、この『十二番目の天使』は、僕が感じたことを端的に言えば、ビジネス書のスピリットを多分に持った文芸書なのです。これまでビジネスの世界で成功を収めてきた主人公ジョンは、常にポジティブなビジネス哲学を信奉してきました。それは、ハウツーや処世術と言われるような場あたり的なものではなく、人間としての生き方の姿勢をも変えていく「魔法の言葉」たちだったのです。ナポレオン・ヒル、ノーマン・V・ピール、マクスウェル・モルツ、彼らの残したパワフルなフレーズは、ビジネスを成功に導くための自己肯定の暗示。野球チームで出会った、まったく野球の才能のない少年、ティモシーが、それでも挫けずに『毎日、毎日、あらゆる面で、自分はどんどん良くなっている!』とビジネスシーンで活用される有名な自己肯定のフレーズを唱え続ける姿に、ジョンは感動を覚えます。ジョンが失った七歳の息子にも良く似たティモシーの健気な姿。百戦錬磨のビジネスでの競争に打ち勝ってきたジョンには、どうして、自分は、今、こんな失意に捉われているのかわかりません。妻と息子の死を正面から認めることができず、逃げてきた自分。それなのに、この少年は、家庭環境や健康に著しい問題があったり、野球の技量がなかなか上がらないにもかかわらず、こんなにも前を向いている。果たして、ジョンは、かつて優秀なビジネスマンとして世界に立ち向かっていた時の気持ちを取り戻すことができるのでしょうか。失意の中年男性がどん底から這い上がり、野球を通じて、少年たちと一緒に勝利を目指す、そんな回復の物語です。更に、まあ、色々とあるのですが、これは是非、読んでいただきたいところです。

少年野球の監督といえば「うだつのあがらない中年男」というイメージがあるのは、『がんばれベアーズ!』のバターメーカーさんのせいかも知れません。『十二番目の天使』のジョンは、今はちょっと心を痛めているけれど、本来は、優秀なビジネスマンであり、決して子どもたちにあなどられることなどない人物です。この傷ついた季節に、少年野球を通じて癒された彼は、再び、ビジネスの世界へ戻っていきます。世の中にはビジネスの世界以外にも素晴らしい世界はある。でも、ジョンが生きるべき場所は、あくまでもビジネスのフィールドなのです。あの世界から永久に離れて、他の世界で幸せになる、という選択肢はなかったのでしょうか。いや、別にそんなことを考える必要もないのか。どんなときもポジティブモードではいられないのが人生であるやも知れず、最後まで頑張り続ける、ことよりも、肩の力を抜く選択肢が提示されることも、また「物語の救い」ではなかったかとも思うのですが・・このあたり、僕自身、まだ答えが出ていないところです。作者のオグ・マンディーノ氏は、経営者としての経験もある企業人であり、人生哲学書作家、米国屈指の講演家でもあったそうです。この文芸作品の「異色さ」は、そうした作者の経歴にヒントがあるような気もしますね。