九年目の魔法

Fire and hemlock.

出 版 社: 東京創元社

著     者: ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

翻 訳 者: 浅羽莢子

発 行 年: 1994年09月


九年目の魔法  紹介と感想 >
休暇で実家に戻った大学生のポーリィ。かつて読んだことのある一冊の本を手にとり再読すると、以前とは内容が違っていることに気づきます。不思議に思い、この本にまつわる色々なことを思い出していくうちに、ポーリィは自分の中に「もうひとつの記憶」があることを発見します。まるで、その本に収録されている「二重生活」という短編のように。鍵となるのは、もうひとつの記憶を思い起こさせる「火と毒草」と名づけられた写真の額、そして、ある「出会い」のこと。十歳の頃、友だちと遊んでいる時に、ふいによその家(ハンズドン館)のお葬式に紛れ込んで、その時、一人の男性と出会ったのだ・・・。ポーリィにとって、とても大切なはずだったその男性のことを、どうして今まで忘れてしまっていたのか。ポーリィの「もうひとつの記憶」を遡る旅がはじまります。

迷いこんだ「お葬式」でポーリィは、リンさんという男性と出会います。子どもと大人。つかの間の邂逅でしたが、二人はお互いを同じ空想を共有できる仲間、「共感できる同志」と認め合います。それから数年にわたってポーリィとリンさんの交友は続きます。オーケストラでチェロを弾くリンさんは、各地から「物語を書いた手紙」や本(これは実際にある著名な本ばかり。このラインナップがとても興味深い)を送ってきてくれます。しかし、リンさんには、前妻であるハンズドン館の女主人ローレルの不気味な影が絶えず忍び寄っているのです。幾つかの奇妙な事件の思い出と、ふいに途切れてしまったリンさんについての記憶。そして、周囲の誰もがリンさんのことを覚えていない現在。今の今までポーリィまでもがリンさんを思い出せなかったのは、一体、何故か。リンさんの記憶は、誰に、何のために消されてしまったのでしょうか。

貼り巡らされた伏線と隠喩。非常に複雑な構成となった物語です。解説の中で三村美衣さんが『読み終わるや、もう一度最初から読みかえしたくなる不思議な魔力まで持ち合わせている。』と書かれていますが、僕も読み終わるや、もう一度読みなおして、この文章を書いています。とても面白い。読み返す度に発見があるかも知れません。物語の中に隠されたキーワードが、再読の際に、俄かに輝きはじめるのです(逆に初見だとわかりにくいところがある、というのはダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の共通点かと思いますが)。リンさんがポーリィに送ってきた本に込めたメッセージにも注目です。ファンタジーとしての面白さもさることながら、ポーリィの十歳から十九歳にわたる長い歳月の微妙な感情の揺れや、心の成長も興味深いところです。学校生活での諸々や、仲の良かった友達と「足並みが揃わなくなる」感覚。両親の離婚や、母親との距離感。リンさんともすれ違ってしまうような言葉や感情の行き違い。リアルな十代の心模様も巧みに描かれています。やがて、封じ込められた記憶を解き放ち、リンさんのために闘うポーリィ。愛するということの意味を見つけていく様は、まさに成長物語と言えるかと思います。ところで、たまに、以前読んだ本を再読すると内容が変わったなあと感じることがありますよね。魔法の力の介在、以前に自分の感受性の変化を疑ってしまうものですが、改訂版を読んでる可能性もあるので要注意です。ファンタジーなことはそうそう現実には起こらないからこそ、ファンタジーを気楽に楽しめるところもあるかな。