卒業うどん

出 版 社: 講談社

著     者: 服部千春

発 行 年: 2008年04月


卒業うどん  紹介と感想 >
再読です。刊行された頃に読んだので、十年ほど経過しているのですが、この間に何が変わったかといえば、セルフうどんをめぐる世の中の状況です。大手チェーン丸亀製麺は2008年時点で全国202店舗だったものが、今年(2018年)、ついに1000店舗を越え、はなまるうどんも250店舗から450店舗と大幅に増加しています。こうしたセルフうどんチェーンの躍進はファストフードを、というか、我々のうどん観と食生活を変えたのではないかと思うのです。なので、京都に住む小学生三人がプチ家出をして、わざわざ高松にうどんを食べに行く、という物語の発端は成立しにくくなった現状です。まあ、近所で食べればいいじゃないと、今どきの小学生も言うでしょう。そりゃあ、本場の方が圧倒的に美味しいかも知れませんが、カジュアルに讃岐うどんを楽しめる今となっては、あえて遠出をしてまで、うどんを食べに行くには、それなりの動機が必要です。いや、動機はあります。もとより、うどんは口実であって、ここではないどこかに逃げだしたかっただけなのです。その切実さは十年たっても変わりません。シュラスコを食べにブラジルにでも、タコスを食べにメキシコへでもいい。一人でいくのはいやだから付き合って欲しい。ここから逃げだしたいから、うどんがダシに使われたのだという、洒落のめしてもいられない深刻さがここにはあります。クライマックスが先にきて、長い後日談が続くような斬新な構成の作品です。十年が経って、うどんをめぐる状況は変わっても、物語が射抜いている大切なことは変わらない。それを実感する再読でした。

放課後、忘れ物を取りに学校に戻った五年生の綾香が体育館の裏で出会ったのは、泣いている三年生の男の子、タッチこと達也。靴を隠されるいじめにあって、家に帰れなくなっていたのです。そこに偶然、居合わせたのが六年生の坂本君。タッチに自分の靴を与え、何故か二人を高松にうどんを食べに行こうと誘います。妙な成り行きで、高松に行くことになった三人組。ところが、あてにしていた、坂本君のおじいさんの家は留守。行き場を無くした三人は漁港に停泊した漁船に潜りこみ一晩を明かそうとします。いつの間にか大冒険の様相を呈していく、うどんツアー。そんな中、綾香は坂本君が二人を誘った事情を知ってしまいます。あの時、体育館の裏に坂本君がいたのは、彼もまた、深刻ないじめに追いつめられていたからです。死にたいとまで思いつめていた坂本君の胸中。三人は地元の漁師の大吉さんに助けられ、家に連れて行ってもらいます。なんとなく事情を察した大吉さん夫妻は、かつて自分たちの子どもを亡くした経験から、三人に命の大切さを語ります。こうやってあらすじをなぞると重い話のようですが、いたって軽妙なトーンで進む楽しい物語です。京都に戻った三人のその後の話の方が長いという、変わったバランスなのですが、この、うどん事件をきっかけにして、それぞれが考え、成長していく姿の方をゆっくりと時間をかけて描いていく、実りある物語です。

昨今の、いじめを描く物語には、どこか諦めがつきまとっているのではないかと思っています。人間の本性として、あるいは社会の構造として仕方がないものだと認めてしまっている。子どもたちは、制御不能な状態になってしまった世界を漫然と受け入れて、途方に暮れながら、それでも強く生き方を模索していく。それは、非常に苦くも、文学的な帰結だなと思うのです。一方で、この物語には、いじめを止めてくれない大人への子どもたちからのストレートな怒りがあり、自分の子どもをいじめから守るために怒りをあらわにする大人が描かれています。つまり、いじめ問題に、はっきりとノーを突きつけていくのです。子どもたち同士が信頼関係を築いていくことや、この世の中を諦めない決意を抱くことなど、強い意志を持った作品であり、それが実にユーモラスに温かく、柔らかく描かれていくところが絶妙です。作者の服部千春さんは、この十年間では、『トキメキ♡図書館』などのヒットシリーズもあり、より児童文庫フィールドでの活躍が目立ちます。一方で、昨年(2017年)には『花あかりともして』のような、戦争を描いた児童文学作品も描かれています。戦時下で花を育てることを禁じられた中で、出征した父親の帰りを、花あかりをともして迎えたい女の子の心情が、現代の子どもとオーバーラップされながら描かれる胸を打つ作品でした。これからの十年間にも、また、しばしば本書のような児童文学作品を読めると良いなと期待しています。