スカイラー通り19番地

The outcasts of 19 Schuyler place.

出 版 社: 岩波書店

著     者: E.L.カニグズバーグ

翻 訳 者: 金原瑞人

発 行 年: 2004年11月


スカイラー通り19番地  紹介と感想 >
「手のかかる子」が「問題児」と呼ばれるようになるには、それほど時間を要するものでもありません。この呼称の変更には、呼ぶ側の捉え方がグレードアップしただけで、呼ばれる側の心境なんて、考慮されていないのです。もとより、問題なのは、問題の「問題児」ではなく、「問題児」が抱えている「問題」にあります。その「問題」の解決に手を貸さないで、見方だけ変えることに問題があるわけです。マーガレット・ローズ・ケインが、サマーキャンプから「問題児」として、放校されるに至った経緯も、現象面だけからは、彼女が何につけても、『できればやりたくない』という言葉や態度をとったことにあります。では、なんで、彼女がそういう言葉を「言わざるをえなかった」のか。それについては、もう少し、彼女の内面に「踏み込んで」みないとわからないのです。そもそも、二人きりで旅行にでかけた両親に置いてきぼりにされ、大好きな「変わり者のおじさん兄弟」が、今回にかぎって、自分を預ってくれなかったり、通わされることになったサマーキャンプでは、元から仲良かった女の子グループに、ヨソ者の彼女が「混ぜられる」という「教育的配慮」を行われ・・・。閉鎖的な女子グループに、プライドが高く自分に誇りを持った孤高のマーガレットタイプの女子を入れる、というのは、まさに『混ぜるな危険』の状態。飛び掛ってくる火の粉を最大限回避するために、マーガレットが選んだのは『できればやりたくない』という態度をとることでした。これが凡庸な教育者の目から見ると、イジワルな大多数と孤独な一人、ではなく、善良な友人たちに反抗する問題児一人、になってしまうわけです。己の信念を曲げてまで、行儀良く真面目に、プライドを捨てて周囲に迎合するなんてできやしない。キャンプを放校された後に、彼女が大きな戦いのヒロインとなったことも納得がいくでしょう。彼女を、キャンプから救い出しにきた「変わり者のおじさん兄弟」の一人、アレックスおじさんが、スカイラー通り19番地の家に連れて行ってくれることになりますが、ここで彼女は、何故、この夏、おじさんたちが、自分を家に預ってくれなかったのかを知ってしまいます。・・・さて、物語の舞台は、これで整いました。個性的なマーガレットと、おじさんたちと、スカイラー通り19番地の家、ここからドラマは始まるのです。1983年、これは、現在のマーガレットにとっての回想の「あの夏の思い出話」です。今は成人した女性に刻まれた少女時代の、ひと夏の輝ける冒険譚のはじまりりです。

スカイラー通りに住む、おじさん兄弟は、変わり者で通っていました。いや、1983年の世間が変わっていて、おじさんたちこそまともなのじゃないか、と思わせる、まっとうな紳士たちなのです。イタリアで買ったソフト帽をかぶり、ディナーにはワイン、テーブルには白い麻のテーブルクロスをかけて、磁器のお皿に食べ物を盛る。そして、ゆっくりと食事をとる。野球帽やジーンズなどには無縁。旧世界式の習慣を崩さないのです。そして、マーガレットの行動に賛成してくれる人たち。なによりも個性的なのは、おじさんたちの家の庭。美しいバラ園もそうだけれど、なんといっても、おじさんたちが、四十五年前から作り始めたという「塔」の存在。塔は、現在、三体たてられていて、スチールパイプの骨組みに、磁器やガラスなどの飾りがつけられ、虹色の光を放っている。高い塔のてっぺんには時計の文字盤がある。飾りにあたった光が屈折して、万華鏡のような色とりどりの世界を見せてくれる塔。おじさんたちは、全く芸術の勉強をしたことがなかったけれど、自然な心のリズムで、この塔に装飾を施し、立派なアートにしてしまった。おじさんたちは、あと一体、この塔を製作する予定でいました。かつては、この町の象徴として、時としてクリスマスを彩り、皆がここに集まる、心の拠り所だった場所。マーガレットも大好きだった塔。ところが、今回、マーガレットがキャンプから引き取られてくると、おじさんたちは「もう塔4号はつくらない、時間のむだだからだ」と言うだけ・・・。なにかがおかしい。やがて、マーガレットは、おじさんたちが、この夏、自分を当初預ってくれなかったわけを、そして、塔4号を作らない、と言い出したわけを知ってしまいます。この町は、いつの間にか、おじさんたちの塔を、この品位あるオールドタウンに相応しくない「危険な建造物」と見なすようになっていたのです。住民側の取り壊し要求と戦い、市議会で最後の訴えをした模様を、図書館所蔵の新聞で知ってしまったマーガレット。取り壊しは議決され、もうすぐ作業がはじまるというのです。だから、おじさんたちは、私に、塔が取り壊されるところを見せたくなかったんだ・・・。かつては、皆の心の拠り所だった「塔」。おじさんたちの失意もどれほどのものでしょう。マーガレットは、決意します。この「塔」を守るために、自分が戦わなくてはならない。さて、『できればやりたくない』、キャンプの問題児は、「どうにかやってみよう」として、この難しい「問題」にいかに挑んでいったのでしょうか。

回想の中で語られる、この1983年の少女の戦いは、協力者を集い、時には「無茶なこと」をしながら展開していく胸躍るものなのですが、その後、成長したマーガレットの後日談によって、単なる少女の冒険的行為というだけではなく、もうひとつの奥行きを与えられていきます。人間には色々な時間があり、この物語の登場人物たちも歳をとっていきます。そして、町の歴史はあらたに積み上げられていき、かつての蛮勇が英雄的行為に変わるように、迷惑行為が偉業となった変遷と熟成をも見ることもできます。マーガレットは、かつての物語を語り終えますが、彼女自身の物語は、これから続いていくのでしょう。あの夏の「問題児」は、二十年後の世界でどう生きているのでしょうか(僕は、イジワル少女たちの二十年後も知りたい気がするのですが)。カニグズバーグの底力と魅力を存分に見せてもらえる一冊。この作品の製作中に、良い相談者であった、信頼する編集者と、夫君が亡くなられたそうです。献辞に『この本の産みの親ともいえるデイビットとジーンに。残念なことに、この本は孤児になってしまいました。』と、あります。作家の孤愁もまた、読後に、ひとつの感慨をもたらされるものです。

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