図書室のはこぶね

出 版 社: 実業之日本社

著     者: 名取佐和子

発 行 年: 2022年03月

図書室のはこぶね  紹介と感想>

中学校や高校の学校図書館を舞台にした、図書委員たちのちょっとミステリ風味の物語は色々とありますが、本書は、その中でも秀眉の一冊です。しかも、こうした作品に多い、連作短編形式ではなく、全編を通じて一つの謎が、「実在の本」を絡めながら、一週間という限られた時間で解かれていく、じっくりと描かれた長編の魅力があります。真面目な高校生たちの真摯な姿勢や、その視野が広げられていく成長譚としても読み応えがあります。登場する本についての、高校生からの「読まれ方」も深く、またそれがちょっとユニークな選書であることも面白いのです。中でも、ケストナーの『飛ぶ教室』がこの物語の中心にあり、そのスピリットが照らし出すものについても真芯が捉えられています。『飛ぶ教室』は五人の少年たちの物語ですが、「正義先生」や「禁煙さん」、そして「作者」という大人たちによって見守られています。子どもたちを窮地から救うのも彼らです。そこには真っ直ぐな理想が貫かれています。本書もまた、もとより悪い人が出てくるお話ではないのですが、考え方の対立を越えて、より深く、正しさと優しさが追求されていく物語であり、それを大人たちが見守っていてくれるところも共通しているのです。巻末には、本書の登場人物の一人である図書委員の少年による、本作に登場した本の紹介があり、二度楽しめる構成になっています。

公立の野亜高校の体育祭で行われる「土ダン」こと「土曜ダンス」は、ベイシティローラーズの「Saturday night」に乗せて、全校の各クラスがそれぞれ趣向を凝らした仮装でダンスを行う伝統行事です。一週間後の体育祭に向けて学校内が盛り上がっていく中で、怪我をして体育祭に参加できない三年生の百瀬花音(かのん)は、準備に忙しい同級生の図書委員の仕事を代わるために図書室を訪れます。同じ三年生の図書委員の男子、俵朔太郎(さくたろう)に仕事を教わり、手伝い始めますが、返却処理をしようとした『飛ぶ教室』が、既に書棚にあることに気づきます。登録は一冊しかなく、複本ではない。さらに『方舟はいらない 大きな腕白ども 土ダンをぶっつぶせ!』と書かれたメモが挟まれている。この本は一体、誰が返却したものなのか。そして、このメモは何を意味するのか。この謎が、大きな怪我をして体育祭どころか、活躍していた女子バレー部の引退試合も棒に振ってしまった花音の無聊に刺激を与えます。「大きな腕白ども」は『飛ぶ教室』に登場する五人の少年たちのことです。10年前に、この本を借り出した生徒が在校時に事故で亡くなっていること、その少年が図書委員だったこと、図書室の検索プログラムには隠されたメッセージがあったことなど、少しずつ明らかになるヒントを繋いで、花音は朔太郎と一緒に、当時の関係者をあたり、この謎を紐解いていきます。一方で、体育祭の開催が迫る中、「土ダン」の在り方について、ひとつの議論が学校内で戦わされつつありました。『飛ぶ教室』のメモに託された思いを受け継いで、花音は、かつての高校生たちが抱いた理想を実現させようとします。花音の濃厚な一週間がここに描かれていきます。

体育祭の全員参加のイベント、というものは、在校時は、その強制参加に辟易しつつも、後になっては、忘れ難い思い出に昇華していたりするものです。まあ、総じて学校の伝統行事とはそんな功罪半ばするものかも知れません(僕の学校にもあり、実感としてそう思います)。とはいえ、その「全員参加」から漏れてしまう人がいる、という観点は、多数派からは意識されにくいものです。乗せる人を選別する「方舟(はこぶね)」はいらない。一人も漏らさないようにする。その理想を実践に移すには、伝統行事にも意識改革が必要なのかも知れません。本書は、現代小説としてはマストで意識される、バリアフリーやジェンダーなどが、古い伝統行事の在り方に疑義を突きつけます。『飛ぶ教室』に挟まれたメモが呼び起こす、かつての高校生たちの願い。そこにたどり着くまでの謎解きも非常に面白い作品です。また、この学校図書館に導入されているオリジナルの管理システムもまたユニークです。現在は著名なゲームエンジニアになっている元図書委員が作った、いくつかの質問に答えると、読むべき本を蔵書からリコメンドしてくれる仕組みなど、実際に実装されていたらワクワクするでしょうね。主人公の花音は体育会系の子でしたが、怪我で運動ができなくなり、ここにいる朔太郎という、本好きの少年と関わっていくことで、世界を広げていく展開もまた味わいがあります。花音が繊細に、人の色々な気遣いや心映えに気づくあたりも神経が行き届いており、心地良く感じられるところです。