The graveyard book.
出 版 社: KADOKAWA 著 者: ニール・ゲイマン 翻 訳 者: 金原瑞人 発 行 年: 2010年09月 |
< 墓場の少年 紹介と感想 >
ある夜に起きた一家惨殺事件。「ジャック」という男によってナイフで惨殺されたのは若い夫婦と娘。唯一、生き残ったヨチヨチ歩きの赤ん坊の男の子は、真夜中の墓地に迷い込みます。「ジャック」は執拗に赤ん坊を追うものの発見できません。不思議な力が赤ん坊を助けたのです。赤ん坊を救ったのはこの古い墓地に住む幽霊たち。墓地には幽霊たちのコミュニティがあり、色々な時代を生き、死んだ人間がここで過ごしていました。幽霊たちはこの子が狙われていることを感じ取り、なんとか隠して育てられないかと算段します。生前、子どものなかった幽霊のオーエンズ夫妻は、この子にノーボディと名づけて代わりの両親となることにしました。とはいえ、幽霊には生きている赤ん坊の面倒を見ることができません。サイラスという生者の世界と行き来できる死者を後見人として、墓場の幽霊たちによる愛情のこもった育児と教育が始まります。平穏だけれど「可能性を持たない」幽霊たちが、これからの命を育んでいく。何故、ノーボディーの家族は惨殺されたのか。ミステリアスな展開を含みながら、幻想的な物語は進んでいきます。危険うずまく外の世界、墓地の中で育った少年は成長し、ここから出ていくことができるのでしょうか。カーネギー賞とニューベリー賞をダブル受賞した奇想の物語です。
墓石の碑銘でアルファベットを学習し、各時代を生きた人たちから、直接、歴史を聞き、ノーボディーは豊かに育てられていきます。遊び相手も子どもの幽霊たち。でも、年をとらない幽霊とは違い、ノーボディーは成長していくのです。彼には好奇心と未来があります。いまだ狙われている状況を警戒して、ノーボディーは外の世界に出ることを禁じられています。とはいえ彼の前には、外の世界が侵食してくることもあるのです。墓地にきた人間の女の子と仲良くなってしまったり、魔女として殺された幽霊の墓標を立てるため、お金を稼ごうとして町に出たり。色々なエピソードが織り重なり、副題通りの「奇妙な生活」は続きます。やがて物語は、あの一家惨殺事件の真相にたどり着き、ノーボディーの墓地生活は新たな局面を迎えることになります。成長していくノーボディーとは違い、幽霊たちは墓地で永遠に変わらない「余生」ならぬ、死後を過ごしています。幽霊とはいえど、現世に恨みつらみがあるわけでもない。ただ、ここには発展はなにもなく、希望はありません。そこに与えられた、これから成長してく子どもの存在。その光が幽霊たちの心に灯を点していく感じは、ちょっと良いんですね。竹下文子さんの『アイヴォリー』が、やはり墓地に住む「なにもしようと思わなければなにもしなくても良い」幽霊たちの交流を描く作品でしたが、死者を描くことで意識させられるのは、生きている、ということなんですね。死者の中にいる、生者の存在が見せてくれるもの。ノーボディー、つまり誰でもない少年は、これから何になるのか。そんな可能性を持つ名前なのだなと思えてくるのです。
ニール・ゲイマンというと『ココラインとボタンの魔女』の著者であり、アメリカンコミック「サンドマン」の原作者です。「サンドマン」はコミックでありながら、世界幻想文学大賞の受賞作。ココラインも本作もそうなのですが、イメージ豊かな作品で、その雰囲気にノレるかどうかが読書の楽しみを分けるかなとも思います。実は、僕はニール・ゲイマンの世界にややノリ損ねています。豊かなメタファーを孕んでいるにも関わらず、知識と想像力が不足しているのでイメージが結べないのかも知れません。ココラインも3Dアニメ化されていましたが、映像として補完されたものなら僕でも楽しめるのかな。幻想的な作品の場合、たとえば恐怖の対象となるものや敬虔な気持ちにさせられるものなどのイメージの源泉に、文化差があることを翻訳モノでは意識させられます。実際、西洋の「墓場」の持つ雰囲気が、僕にはピンときていないのかも知れません。逆に神社の鳥居なんて、外国人にはユニークな建造物にしか思えないのかな(神社の石段や石灯篭にグッとくる気持ちなどを言葉で説明するのも難しい気がするのですよ)。