ふとったきみとやせたぼく

出 版 社: 理論社 

著     者: 長崎源之助

発 行 年: 1971年月

ふとったきみとやせたぼく  紹介と感想>

小学二年生のタイチのあだ名はコロッケ。コロッケなどのフライや天ぷらのようなお惣菜を売っている、あげもの屋の子だからです。いや、丸々と太っていることも理由のひとつのはずです。一方、同級生のマサキはやせっぽちの少年で、あだ名はエンピツ。二人の共通点は運動が苦手なこと。運動会の徒競走では、前を走っていく一団に置いていかれて、八メートルも離れたところで二人でビリ争いを演じました。鉄棒をやっても釣り下がったまま動けない二人は、売れ残りのズボンのようだとからかわれ、先生にさえ笑われています。そんな二人にだけ出された夏休み宿題は、鉄棒で逆上がりができるようになること。とくに親しくもなかった二人ですが、夏休みの学校の校庭にある鉄棒で、毎日、同じ時間に一緒に練習をすることになります。二人が練習しているところに、偶然通りがかって声をかけてきたのは、可愛くて人気抜群のクラス委員長のユカリさん。犬を拾ったけれど家が集合住宅のために飼えない彼女は、飼ってくれる人を探していたのです。タイチの家は一軒家なので飼ってあげられる、という話になったのですが、家に向かう途中、道路に飛び出してしまった犬がちょっとした交通事故を引き起こしてしまいます。これに巻き込まれたのがバイクで配達中だったタイチのお父さんという悲劇。犬は無事だったもののお父さんは骨折する大怪我を負ってしまいました。こうして、この夏、お父さんの代わりにコロッケの配達をひきうけることになったタイチと、その配達に付いて一緒に犬の散歩をさせることになったマサキとユカリの、コロッケまみれの夏休みが始まります。いや、それほどまみれません。

三人称による物語ですが、本書のタイトル『ふとったきみとやせたぼく』からもわかるように、主人公は「やせたぼく」であるマサキです。ただしインパクトのあるキャラクターは太った子、コロッケことタイチであって、うっかり読み終えてしまうと、印象の大半はタイチ&コロッケおよび揚げもの全般に持っていかれます。同じ運動ができないのも、タイチのように身体が重いという物理的な理由ではなく、こわがりだから、というメンタルに起因しているのがマサキです。彼がそんな子になった一因は過保護です。両親は共働きのため、おばあさんがこと細かくマサキの世話を焼いている家庭環境。マサキとしても、そろそろ、この状態から抜け出さなくてはと自分でも思っていました。そして、タイチにも対抗意識を燃やしているのです。自分の両親は仕事で運動会に来れなかったけれど、タイチの両親は揚げものの仕事を抜けだしてタイチを応援に来ていたことが羨ましかったり。自分の家も集合住宅でユカリさんと同じく犬を飼えないところ、タイチがやすやすと犬を飼うと言い出したことで、ユカリさんに対してのポイントを奪われたような気になったり。そこからのマサキの嫉妬ゆえの行動が交通事故の遠因にもなります。一方でタイチはナチュラルで、わりと鈍感な子なのか、そんなふうにはマサキを意識していません。で、この夏休みの、男子二人に女子一人の友情は、微妙なバランスで成り立っていく、というか、そこまで複雑でもないのが低学年向き児童文学です。募ってくるマサキの克己心が、クライマックスを熱く盛り上げて、これまでの彼を超えていく成長を迎えることになります。もっとも夏休み中に、逆上がりはマスターできないのだけれど。

1971年に刊行された作品です。また、フォア文庫で現在も書店流通している現役の児童書です。時代を越えていく普遍のテーマ性というほど色濃いものではありませんが、やはり読ませる何かがある作品です。マサキというひ弱な少年に対比されるタイチがナチュラルにコミックリリーフを演じているのは「太っている」からで、その両親ともに「太っている」愉快な人たちという扱いです。マサキの父親もタイチの父親を陰で「コロッケ屋のおっさん」呼ばわりして、リスペクトが足りないところですが、どうもこの一家自体が「コロッケ」的に見られているのではないかと思っています。安価でポピュラーで庶民的で、高級感があるわけもないが、愛されている。この愛され感がポイントです。コロッケであるタイチを見つめるエンピツの葛藤に深いものを感じるところなのですが、エンピツも別にコロッケのようになりたいわけではありません。彼が目指すのはもっと自立したしっかりした少年であって、コロッケは目先のライバルに過ぎない。そんな空気を感じます。では、コロッケ自身はどこへ行こうとしているのか。たぶん、あまり考えてなさそう、というのがコロッケ幻想です。女の子の前で強がってみたりとか、らしくないところもたまに見せるタイチですから、それなりに自我もあるはずなんだけれど、なんかもっとコロッケらしくふるまって欲しくなるのです。で、コロッケらしさって何?。