出 版 社: 文研出版 著 者: 田村理江 発 行 年: 2012年11月 |
< 夜の学校 紹介と感想>
装画が印象的です。女の子が海の中を歩いて灯台へと向かっている絵。本編の中にはこの場面は登場しません。また『夜の学校』というタイトルながら、朝焼けを思わせる夜明けの明るさがあります。これは物語自体を象徴した絵です。灯台はこの物語のキーになっている存在です。夕方、進学塾に向かうバスに乗っていた小学六年生の女の子、蘭は塾のあるバス停で降りることできず、そのまま終点まで乗り過ごしてしまいます。大分、心が疲れていたようです。母親に追いたてられながら塾に通い、中学受験のプレッシャーと闘う日々。父親は無関心で自分のことを考えてはくれない。学校はでは優等生のしっかりものの委員長で、リーダーとしてふるまっている。そんな毎日にどこか疲れていたのかも知れません。バスの終点は野原のある公園。でもそこには海でもないのに灯台があったのです。灯台守を名乗る初老の男性、渡さんに誘われれて、灯台に登った蘭は強い光を浴び、どこか様子の違う世界に運ばれてしまいます。そんな導入で異世界に迷い込むのはファンタジーの常套ですが、ここからが実に興味深い展開を迎えます。現実が逆さまになった「逆転世界」のパラレルワールドが教えてくれるもの。現実の世界を正しく変えていこうとする気づきを主人公が得る、心の冒険が始まります。
自分が異世界に迷い込んだことを蘭も次第に理解し始めます。この世界では両親ともに蘭を気づかって優しくしてくれるし、中学受験も存在していないのです。何よりも、昼間の太陽が出ている時間を人々は恐れていて、夜に活動している昼夜が逆転した世界だったのです。自ずと学校も夜に通うことになります。そんな「夜の学校」で蘭は、自分がクラスの中でいじめられていることを知ります。クラスの女王としてふるまっている雫は、執拗に蘭を責め立て、その取り巻きたちからも攻撃されます。気遣ってくれる男子生徒もいるものの、誰も助けてはくれません。どうやここでの自分は、しっかり者ではなく、大人しくて何も言い返せない存在だったらしいと蘭は知るのです。雫が自分に向ける敵意に蘭も覚えがありました。それは現実の世界で自分が雫に向けていたものだったのです。大人しく何も言わない雫に苛つき無視して、仲間はずれにしていた自分。元々は親友だった雫との関係がどうして崩れてしまったのか、蘭はその理由を思い返していきながら、自分の心にあった嫉妬やわだかまりを知ります。雫の立場に立つことで、蘭はその辛さや悲しさを感じとります。蘭はここでどうしたのか。この世界にいた本当の蘭が消えて、自分と入れ替わったことにも理由があるようです。さて、元の世界に戻るタイムリミットが迫っていました。この捻れた世界と、捻れた心はどうやって元に戻るのか。蘭はこの世界の問題を考えながら、自分自身の問題を思い知り、現実の世界を変えていく決意をします。そう、すべては蘭の心ひとつにかかっているのです。
いじめ問題について児童文学はどう提言していくのか。2010年代は現実でかなり深刻な問題となっていたこともあり、教育機関だけではなく、社会全体として真摯に考えなければならない気運があったと思います。大人が組織的、制度的に対応するということもそうですが、子どもの心に潜んでいるものを紐解いていくことも重要です。いじめという行為には、無自覚なものも、悪意が介在しているものも、正義の制裁として正当化されているケースもあります。それはすべて「いじめる側の立場」の心の中で起きていることです。この物語は、いじめる側が自分を深く掘り下げていって、関係性の修復を図ろうと考えていきます。「相手の立場に立つ」ということをお題目だけではなく、実際に体感するには、こうしたファンタジー的なテコが必要かも知れず、逆に言えば、リアリズムの中だけでは解決が非常に難しい課題であり、優れた物語として成立させることも困難なのではないかと途方に暮れるのです。いや、そんなこと言っている場合じゃないんです、本当に。いじめている側の子を主人公にして、親近感がわくのだろうかと思いますが、蘭なりの苦衷や心情がよく理解できることで受け入れることができます。物語冒頭で、彼女の閉塞状態も限界にきていました。子どもたちが皆、追いつめられている世界に児童文学はどうアプローチしていくのか。それもまた興味深いところです。